「昼が夜に負うもの」感想(つづき)。
「昼が夜に負うもの」がフランスでベストセラーになったのって、すごくうなずける。この作家の小説って他には「テロル」と「カブールの燕たち」しか読んでないけど、どっちもとぎすまされてムダがなく、きれいだけど息苦しい。「昼が夜に負うもの」は、ずっと雑多ではなやかで、きらびやかで、とても美しい。どろどろの貧困と洗練された贅沢な世界が交互に描かれ、そのまんまアルジェリアの独立戦争に突入する。恋愛があって家族愛があって友情がある。もう、てんこ盛りと言いたいぐらい、あらゆる要素がつまっている。
そして、アルジェリア人の立場から見た、あの戦争と独立が、それこそ「風と共に去りぬ」みたいな感じで、リアルにだけど詩情ゆたかに描かれる。そりゃフランス人は好きだよこれ。フランスもフランス人も知らない私が言うのも何だが(笑)。
こういうのって、ほんとにもう、読んでみないとわからないのだけど、アルジェリアのフランスだか、フランスのアルジェリアかっていう世界がたしかにあったのですよねー。そういう社会と、そういう文化が。それがもう、ひしひしとわかる。それが現地の人を虐げた貧困の上に成り立っていたのもわかるけど、それはそれとして、美しい愛すべき世界で、崩壊してゆくのはいたましいということも。
奴隷制度の上に築かれた「風と共に去りぬ」の南部とか、インドのイギリスとか、ベトナムのフランスとか、もしかしたら中国の日本とか。いっしょくたにしてはいけないでしょうが、そういう植民地の、罪のある美や幸福って、とにかくそこに住んだ人にはやっぱりなつかしいし、慕わしい。
そして、その内乱、紛争の恐さや痛ましさ。敵が遠くで前線がちゃんとある戦争もいやですが、こういう戦争は実にもう、つらいよなあ。近所の人どうしが対立し殺し合い、どっちについても危険で先が読めない。
そんな殺伐とした世界と時代なのに、この小説、ものすごく華やかで清らかな恋がもう縦横無尽に乱れ咲くの。
最初に主人公のユネスが天使のような美少年らしいけど、本人が語り手でそこがわからないのが、どうにかならんのかって私言ってたのですが、この人たしかにきれいなんだけど、それは外見だけで、中身はとっても平凡で堅実な人なんですよ、むしろ。
だから、この動乱の時代の語り手としちゃちょうどいいの。あんまり強烈な個性とかないし、まじめないい人で、誰からも好かれるし。しかも本人の外見がきれいだから、恋愛は勝手にあっちからころがりこむ。だからちゃんと話は進む。ようく考えたら、これって美人の女性が主人公の話の作り方だわ(笑)。
そして主人公たちが男女を問わず、ほんとに初々しいんだよねー。もう、これぞ青春というか。熟女も少女も、ユネスとその友人たちの目を通すからか、ほんとに、ほんとに、きれいに見える。そこまできれいと言っていいのかというぐらい、女性をべたほめして描くので、これは映画化したらいい小説なんだけど、女優は大変だろうなあ(笑)。
運命的に不幸な行き違いが、これでもかってほどつづくのですが、それも、この今の乱れた時代から考えると少し古めかしいモラルなんだけど、でもまた、そこがいいんです。恋するときめき、喜びと恐さがひたひたと伝わってくる。
ユネスたちはまじめで清らかなんだけど、でもそこに流れる空気は、妙に「失われた時を求めて」なんか思い出すのはなぜかなあ。フランス文化のなせるわざなのか。この小説が描く舞台と時代とは、やはりそういう土壌なのか。翻訳でしか知らないけど、それでも誰が訳したどんな小説でも、フランス文学にはなんだか一種のきらびやかさとけだるさがある。それが、「昼が夜に負うもの」にもただよってる。だから、もうフランスの人が読んだらこれは、異母弟妹に会ったような気分になるのじゃないでしょうか。
最後もふくめて、相当大衆小説風なんですが、でも品があって重厚で、読みやすいけど雑じゃない。ほんと、いろいろ楽しめます。