「昼が夜に負うもの」感想。
しっかしもう、みごとに見る映画がないなあ、映画館には、今。「ヒックとドラゴン」は吹き替え版しかないし、「ハナミズキ」は10年越しの恋とか言われても、こちとら10年なんてもうあっという間じゃんという気分でしかないもんなあ、60年あまり生きてると。
やっぱもう、あきらめて、勉強しろっていうことか。
そう言や忘れてた。ヤスミナ・カドラの小説「昼が夜に負うもの」だけど、面白かった。舞台はアルジェリアで、この国についちゃ私は映画「アルジェの戦い」と「ジャミラよ朝は近い」って本しか知らない。どっちもアルジェリアのフランスからの独立運動が題材となってる。
それと昔、「愛と哀しみのボレロ」ってフランス映画があって、ソ連、ドイツ、アメリカ、フランスの各国にまたがってそれぞれの国の家族の第二次世界大戦前後の運命を描くという、とんでもないスケールの話で、でもそれがバランスよく流れるように美しく語られてゆくのだけど、突然変にもたもたしはじめるのが、アルジェリア(とフランスの)戦争のくだりで、キャラママたちと「あー、これだけフランスの文化人、知識人にとって、アルジェリアは客観的に流せない、苦しい重い題材なんだねー」と言い合ったものだった。
「ジャミラよ朝は近い」っていうのは、アルジェリア独立のために抵抗運動してた女子学生のジャミラ・ブーパシャがフランス軍か警察か何かにつかまって爆弾をしかけたかどうか言えと拷問され、あげくにビール瓶の上に座らされて血まみれになって気絶する(彼女は処女だった)事件で、後にそれが裁判になって、フランスの女性弁護士をはじめ多くの知識人が、ジャミラに味方して犯人を告発し弾劾しようとした運動を描いたドキュメントだ。裁判でジャミラは勝ったけれど、犯人の軍人たちは結局罰をうけることはなかったのじゃなかったっけか。
高校生だったキャラママや私はこれを読んで、事件や裁判よりむしろ、協力をたのまれてメッセージをよせた、フランスの作家や軍人など、さまざまな人の言葉と、それに示された精神の美しさに心をうたれた。その中の最も若いのがフランソワーズ・サガンで、奔放な恋愛小説を書く新進作家として知られた彼女の、そのメッセージは人々に大きな衝撃と感銘を与えたようだ。けれど私はむしろもっと複雑な立場や心境をのりこえてメッセージをよせた人々の言葉の方が印象深かった。
今思えば、あれはアメリカのベトナム戦争と同じに、第二次大戦で正義の側に立ってナチスドイツと戦った国が、そのナチスドイツと同じ立場に立たされた苦く苦しい体験だった。
「ジャミラよ朝は近い」の中で、女性弁護士とその仲間たちが、人権なんとか協会とかなんかもう忘れたが、一応そういう時にたよりになりそうな組織を訪ねる場面がある。でも、その代表かなんかのおじさんは、まるで乗り気ではなく、そんなの別にひどい拷問ではないとか、びんの上に座らせて腸が破れて死ぬのが普通だとか、めちゃくちゃなことばかり言う。「人権なんとか協会の実体を知って、私たちは唖になっていた」とか弁護士は書いてたと思う。で、もうこんなの相手にしてられないと出ていこうとすると、そのおじさんは「彼女(ジャミラのこと)はジャンヌ・ダルクきどりなんですよ」と言い放つ。出て行きながら、弁護士さんの連れの一人の女性が「私たちは皆多少なりともジャンヌ・ダルクきどりでしたわ。19××(←忘れたけど、ヒトラーのナチスがフランスを征服して、市民がレジスタンスをしてたころ)年ごろのことですけど」と捨て台詞を言う。すると、そのおじさんはあせって、「それはちがいます、奥さん、あなたは、あなたは、フランス人じゃありませんか」って言うのだけど、皆はもう無視して部屋を出てしまう。
うーん、マイケル・ムーアがアメリカと比較してまともだとほめたフランスも、こういうことをのりこえて来ているのだよなあ。
つまり、ナチスドイツと戦ってレジスタンスをした体験を、フランスの占領に抵抗するアルジェリアの人たちの体験と重ねて考えられる人と、そうでない人がいたのだ。
私たちが読んだ本はそんなに多くないけど、高校のときにこの本読んでいてよかったと思う。かつて正義であった国が、正義でありつづけることの難しさ、国を愛し、誇りを守ることのほんとのやり方を、私たちはあの本から学んだ。
そう言えば「世界ノンフィクション全集」に入ってた「尋問」というジャーナリストの拷問体験も、あれ、アルジェリア独立に協力してたフランス人じゃなかったっけ。後にベトナムで米軍がよく使った電気ショックの拷問を、私はあれで初めて読んだ。