『大才子・小津久足』感想(6)
それで何かがわかりましたか?
前回の感想で、自分が授業で和歌について学生たちに説明するのに、どうしていいのかわからない点をけっこうだらだら述べて、それを菱岡氏の本の第二章あたりで解決の手がかりがないか見つけようとしているという、けしからぬというか情けないというかの期待について述べた。
その、困っている点というのは、次の二つだった。
1)江戸時代の歌人の名前や関係が入り乱れてややこしすぎて、とても整理してわかりやすく伝えられない。
2)一人の歌人が時には何万首も歌を残しているのに、その数首を紹介して「こういう歌人」とか言っても何か意味があるのか。膨大な作品の中から本当に代表的な歌なんか選べるのか。
この内の2については、解答の手がかりになるようなものはなかった。というか、これはまあ非常識なまでに無理な無茶ぶりだから、誰も答えられるはずがないから当然だ。
そして1については、この本はとても参考になった。
雅と俗、堂上と地下
またしつこくもくり返すが、私は和歌についてはまだまったく不勉強だから、菱岡氏の説明を十分に理解しているか自信がない。ただ、めっちゃ大ざっぱに、何かがつかめたような気がするから、そこのところだけを述べる。
江戸文学を学んだり教えたりするにあたって、絶対にたたきこみ、たたきこまれなければならないのは、「雅」と「俗」という概念だ。つまり、江戸時代の人の頭の中でも肌感覚でも、すべての文学というものには、「雅」と「俗」という階級がある。「雅」の文学とは、和歌や連歌や物語、漢詩や漢文、つまりれっきとした、正式の文学、一人前の男が電車の中で(江戸時代に電車はないが)開いて読んでいても恥ずかしくない文学である。出来がいいか悪いかは関係ない。以前からあって、文学として認められてきているものだけが、「雅文学」なのである。
「俗文学」は、江戸時代になって新しく生まれたジャンルの文学だ。今の私たちが江戸文学と聞いてまず頭に浮かぶだろう、歌舞伎や浄瑠璃、俳諧や戯作、つまり西鶴、近松、芭蕉、秋成、馬琴などは、みな、こっちで、正式の文学ではない、格下のものである。くり返すが名作とか感動作とか面白いとか人気があるとかいうこととは、まるで関係ない。伝統がないから、市民権を得てないから、正式の文学として扱われないのだ。「雅」の文学の方は、もう文学として認められているから、存在理由がなくていい。しかし「俗」の文学の方は、「何かの役にたつ」実用性がないといけないことになっていて、だから「教訓」と「笑い」で役に立つことが必要である。
こういう意識は江戸の人には常識で、それを知っておかないと、江戸文学は理解できない。余談だけれど、昔「摩利と新吾」という旧制高校を舞台とした人気漫画があって、その中で優等生の摩利が、授業中に江戸の端唄かなんかを巧みに解釈して教師にほめられたのを新吾が回想する場面がある。私はこの漫画の愛読者だが、あえて野暮過ぎる指摘をしてすまんが、たとえ近代になってからでも旧制高校の授業でこの種の端唄や浄瑠璃を教えることはあり得ない。それは「俗」文学だからである。国文学関係者や江戸の人がこの場面を読んだら、直感的に「え?」と違和感を持つだろう。そのくらい骨身にしみこんだ感覚である。
だから当然、国文学の授業では教師は必ず、口をすっぱくして、この「雅と俗」の差を受講生に教える。しかし、知識として覚えても、きっと学生たちの骨身にしみこむ実感にはなっていないだろう。だって、これを知ったところで、江戸文学を読むのには何の参考にもならないし、これと言って役に立たないし、気にしなくても忘れても、西鶴や芭蕉はちゃんと理解できるからだ。
私も口ではしつこく、きちんと雅俗のちがいは教えているが、自作のテキストにはあまりはっきり強調してはいない。江戸文学のひとつひとつの鑑賞には、そんなにこの知識は結びつかないからだ。そして、国文学史関係のいろんな書籍にも、このことはそんなにはっきり強調されてはいないと思う。重要なのは誰もがわかっているが、だからこそ「いまさらな常識」として、過度に触れられることはなく、もっと言うなら「こんなこと知らないわけないでしょ」「いまさらおかしくて言えますか、こんな初歩的なこと」という前期戯作の作者並みの高飛車なエリートっぽい姿勢で、あっさりと目立たない書き方をされてしまっているのではないかとさえ思うことがある。
しつこく強調し、とことん説明し、そして作者や作品の理解とからめる
菱岡君はちがう。この本の第二章はじめで彼は徹底的にこれでもかと、「雅」とは何か、「俗」とは何かについて説明しまくる。それこそ後期戯作の作者ばりに、猿にでも狐にでもわからせてやると言わんばかりに、かゆいところに手が届いてかきまくってくれる説明をする。
「俗」を漫画にたとえるのは、私もいつもやっている。最近ではラノベやケータイ小説も例にあげる。しかし菱岡君は、これに加えてゲームまでを取り上げて、「いかに人気があって名作であっても、正式の文学としては認められない」ジャンルの実感を学生に与えようとしている。あまりゲームに詳しくないから自信はないが、今後は私もこの説明はせいぜい利用させてもらうとしよう。
私は最近怠けて、研究書をあまり読んでいないからわからないが、菱岡君がここでくり広げている雅俗についての説明は、他に例をみないほど、ていねいでしつこくて、わかりやすい。それはもちろん、学生たちの状況や理解度によりそう姿勢からでもあるが、同時に、現在の学界で常に話題になり議論を呼んでいる「雅俗とは何か」「時代による変化はあるか」といったたぐいの、第一線の最先端の研究の成果をしっかり把握しているから、文章や説明に、ごまかしや逃げやあいまいなところがなく、とことんきっぱり言い切ることができているからでもある。
だからぜひ、雅俗について江戸文学について、しっかり基本を把握しようと思うなら、この本を買って、この部分だけでも読んでほしい。目からウロコが落ちて霧が晴れていくように、「雅俗とは何か」が、すっきりと明らかになるだろう。時代が下るにつれて、その区別があいまいになって行く様相と理由までもが、そこではきちんと触れられている。
しかし、前にも述べたように、こうやって江戸時代の「雅俗」意識について、正確な知識を得ても、それだけでは専門外の人や学生たちには長く記憶には残るまい。菱岡君がこの本でそれを防ごうとしたかどうかはわからないが、とにかく、久足の和歌を理解する上での、当時の社会状況として、この意識がどのように作用していくかを、彼は明らかにしようとする。
古今伝授などで知られる伝統的な和歌の流れや、天皇家がになった役割の大きさは、いくら俗文学が流行しても、厳として人々の意識にあった「雅文学」での尊敬と信頼が支えたものであることがまず強調される。そして、それをになった貴族たち(堂上)と、それ以外の人たち(地下)の対立と競合が大きなエネルギーを生んで和歌の発展をうながした事情もまた明快に筋道立てて述べられる。
唐突な例で恐縮だが、軍記物語の代表作「平家物語」は、錯綜した歴史上の事実を語るのに、それなりの筋立てを作り、かつそれを象徴するような印象的なエピソードを点描して、読者の印象を整理し、鮮明にする。菱岡君がここで使っているのもそれに似た手法で、膨大な事実の克明な検証をもって、堂上と地下の対立の過程を描きながら、節目節目で具体的な事件をとりあげて、流れを読者に見失わせない。
このへんの綿密で手堅い説明になると、面白さに夢中になる読者もいる一方で、ついて来られない読者も出るかも知れない。しかし、私はいつもの大ざっぱさで、菱岡君が提示してくれた、雅文学としての作者たちの意識の高さ、堂上と地下、という基準を加えることで、当時の錯綜した歌人たちの関係や、中期の国学の隆盛による動向のさまざまが、これまでよりはるかに展望できるし、整理しやすくなったと感じる。ありがたい。
そして大河小説を一人称の視点で描くように、この本の中心にはいつも語り手か狂言回しのように、小津久足がいる。彼の国学への傾倒、そこからの離反、そして儒学や仏教の流入に関する見解など、さまざまな要素で、久足という歌人の思考や美学や人生訓が浮き彫りにされて行くにつれて、それはそのまま、当時の和歌の流れを投影し反映する。他の歌人たちの場合もそうやって重ね合わせて行くことで、和歌の世界の全貌がおぼろに見えて来る気がする。そういう点でも非常に助かる。
さらに久足の場合、彼が国学や宣長に背をむける過程には、第二章のもうひとつの題材である、紀行の制作がまたからむ。これについても述べることが多いのだが、今夜はこれでいったん終わり、紀行については次回に述べる。