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あれまあ。

◇私は一日まちがえていて、昨日を月曜と思っていました。
ううむ、たしか新居白石が「折たく柴の記」の中で、亡くなったお父さんが、
「同じ失敗をしても、若い内とちがって年とってからだと、ぼけたと思われるから気をつけなくてはいけない」
と、よく言ってたと書いてたのを、ゆくりなくも思い出してしまうなあ。

で、今朝こそ燃えるごみを出さなきゃと思っていたら、庭掃除を頼んでいた若い人が、早朝に来てちゃんと出してくれました♪

◇昨日は夜中まで雨が降っていたようで、庭から帰ってくるカツジ猫の背中が、いつまでも雨でぬれていました。
そんでもって、私が洗濯した冬用の薄い毛布類を、片づけるのをさぼって、たたんで椅子の上においたままにしていた上に、居心地よさそうに寝てくれて、また毛だらけにしてくれました。もういいや、あのまましまってやる。

「オリエント急行殺人事件」新作のDVD、見終わりました。なるほどね。友人が言ってた通り、別に映画館で見ないでもよかったかな。景色も列車もすべてきれいで楽しめたけど、変に活劇調にしてるのも、ポアロがカッコよすぎて人間っぽすぎるのも、最後あたりの大芝居も、何だか興ざめだった。

もともと私はミステリの中で、この作品はそうはまるほど好きじゃない。(クリスティーの中で一番好きなのは「ホロー荘の殺人です。)若い時に読んだのもあるけど、すごく反体制的、反社会的な感覚で見ると(笑)富裕層とそうでない層が妙に融和して結託して悪事に手を染めてるのが、薄汚くて気持ち悪かった。階級闘争の視点が皆無の話って、無気味だったのよね。嘘っぽいし、たちの悪い非現実的なおとぎ話に見えました。

まあそりゃ、だから、それがすごく心地よい人もいるんでしょうけどね。
そして、特に今見ると、たとえば性犯罪とか、たとえば動物虐待とか、階級間の対立や格差や思想を超えて、皆で鉄槌をくだしてしまいたい存在って、たしかにあるよね。たとえば悪役のラチェットが猫虐待をした犯人なら、私もああいう設定の空想を、ちょっとか大いにしてみたくなるもの。そういう点では今日的かもしれない、人の心をくすぐる要素を、この作品はたしかに持ってる。

◇でも、児童文学にあるまじき、法を片っぱしから破るドリトル先生なんかもだけど、この「オリエント急行」も、あきらかに文学にしか描けない、とんでもない非道徳的な話ではあるんですよ。不道徳な危険思想を、しれっと美しい優雅な道具立てで読者に伝える、ものすごく病的な話でもある。
だからこそ、実際の血が流れたり、変にリアルにしたらいいことない。旧作は、その点をとてもうまく処理してたと思うのね。お遊びのように、舞台のように作ることで。今回はそこを、微妙に一歩踏みこんで冒険してるけど、失敗ではないまでも成功とは思えない。

◇それと、これは映画に限った話だけど、私は旧作で一番違和感あって不満だったのは、ハッバート夫人の描き方なのよ。
あれは、女優さんのイメージに合わせてああするしかなかったのだろうけど、妖艶な謎めいた女性にしてたでしょ、ハッバート夫人を。
でも原作の彼女は、騒々しい俗物の、人を絶対警戒させない、ヒョウ柄の服着た大阪のおばちゃんみたいな人なんだよ(多分)。だからこそ、ラストのどんでん返しが効くし、トリックも活きるし、本当は女優の腕の見せ所なんよ、あれは。日本だったら市原悦子か藤原直美か、大竹しのぶか、そのへんにやらせていいような感じ。

それを、今回もまた、旧作の通りの妖艶な謎の美女系にしてある。もしかして、あの役は、もうあのタイプで固定したんかい。そうだったら淋しいなあ。あの陽気でがさつで俗っぽいハッバート夫人に会いたいよ。原作通りの。せめてそこで新機軸を出してほしかったなあ。今回は。

◇さてっと、買い物に行くか、料理を作るか、手紙を書くか、片づけにはげむかな。自分を鼓舞するために言うと、山とあった荷物の中の雑貨類は、わりともう、なくなりかけている気がするのよね。うまく行ったら、ここ数日でけりをつけてしまえるかも知れない。

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カツジ猫