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いったいどっちに転ぶんだ?

ニュースで被災地の被害が次第に明らかになるにつれて、重苦しさや痛みがつのる。亡くなった方はもちろん、この寒さの中、生き埋めになったまま夜を過ごす人たちの気持ちと言ったらどうだろう。最初から気になってはいたことだが、猫や犬、小鳥や小動物などは、それぞれどうしているのだろうか。

避難所での物資も不足していて、寒さも飢えも充分には防げていないらしい。水も電気もなくなりがちだとか。そんなに足腰弱い体制の上に私たちの生活は成り立っていたのか。私のような半病人の足弱は、そんな状況下では水をもらいにさえ行けないだろう。停電のときのために灯油も買っとくべきかなと、あわただしく考えてしまう。

あまりにも不謹慎な発言に思えてずっと書かずにいたのだが、この災害の最初からとっさに私が考えたのは、「今の岸田や自民党の発想だったら、この状況は何よりも『緊急事態条項』を成立させるのにいいチャンスだと感じるんじゃないか」ということだった。そしてもし、そんなことを、ちらとでも彼らが考えたのだったら、もう絶対に許さないと歯をくいしばって誓いつつ、でもウクライナの人々をあれだけ不幸にしたプーチンの侵略を、まずは防衛予算の増強に利用したやつだから、絶対にそのくらいの浅ましいことを考えたりしないわけはないと、ずっとどこかで思っていたのだ。

今もそうだが、ネットの声とか見ていて、ふと気づいたのは、この災害と、それがもたらした不幸は、緊急事態条項のでっち上げにも使われそうだが、それと同じくらい、大阪万博の中止にもつながりかねないなということだった。これだけの被害と損害と人々の苦しみに金をそそぎこまないで、万博などに費やしたら、どう考えてもおかしい。少なくとも撤退や中止するなら、とてもいい口実になる機会ではあるのではないか。

そう思うと息もつけない。どっちにどう利用されるのか、どっちを世論が許さないのか。どこまでやられたら敗北で、どこまでやれたら勝利なのか。マスメディアも私たちも、目まぐるしい戦闘状態の中に、もう巻き込まれているようでならない。

そんなあれこれを考えながらも、朝からやっぱりテレビで箱根駅伝を見ていた。「ただ人が走るだけなのに、何でこんなに面白いのかねえ」と毎年母が言いながら二人で見ていたことを思い出す。今年は何だかいつにも増して、いろいろ面白かったような気がして、ついつい仕事の手をとめて見つめてしまった。それにしても若者たちの顔や身体が、皆、変に美しく見えたのは男性も外見に気を配るようになった最近の風潮なんだろうか。

お正月料理の伝統はよく考えられているのかもしれないな。お雑煮に餅を放りこんで補充するだけでも毎回本当においしいのだもの。買い置きの小餅を全部使うまで、ごはんは炊かなくてもいいかもしれない。そして、おせちの食材の余りを食べているだけでも楽しく食が進む。猫のカツジは、彼が刺し身が大好きで私に破産させかけたフクが、安いパックで天ぷらになっていたので、買ってきて小さくかみちぎって食べさせてやったら喜んで食べた。お正月のごちそうということにしておこう。

明日からは、おせちを食べるぞ。お餅と白菜の超質素な雑煮もどきにして。あ、人参を山ほど買っているので、あれもいっしょに煮ればいい。

5日までは行きつけのお店も開いてないし、そこまでは家でのんびりしようと思っているのだが、なかなかそうも行かない。こまごました仕事を片づけるだけで、あっという間に日が暮れる。

飛行機事故も起こったらしいし、何だか大変な年になりそうだ。上の家のあちこちに飾ってある陶器のお鏡餅の中でも、とりわけ小さいひとつでも、ひっそりお見せしておこうか。

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カツジ猫