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いやそら笑うわ

二階幹事長の「他山の石」発言について、コメントが殺到してる。まあ無理もない。
そして、この発言のもととなった、河井氏がいまどきあっさり罪を認めたというのも、補選が行われない時期まで引っ張ったという話もあって、もう品性なんていうことばは、あの人たちのかいわいにはないんだな。

近くの川岸の桜はもうかなり咲きはじめました。前にも書いた気がしますが、桜って咲かないと一年中、どこにあるかわからないんですよね。花が開くと、まるで雌伏していた勢力が旗上げでもしたかのように、えー、そんなところにあったんかいと思うように、いっせいに正体を現す(笑)。

ちょっとわかりにくいけど、夕日に映えてるのもなかなか。

ところで、しょうもない愚痴。
ずっと以前に北窓書屋さんに真剣な調子で、映画や小説をつまらなくても最後まで見ますか?みたいな質問をされた。彼はもちろんずっとそうしていたのだが、次第に時間の無駄のような気がしはじめて、(このへんから私の記憶がおぼろだが)特に学生が、つまらないものは途中でやめると言うのを聞いてからは、その方が正しいのではないかと考えるように次第になって行ったのだそうだ。多分今ではもう「途中でもやめる」派になっているのだろう。彼にはそれを選択するだけの方法論も哲学もあるはずだから、それはそれで、もちろんいい。

私はというと、昔からいかなる映画でも小説でも最後まで読んでみないと最後の一行で名作に転ずるかもしれないから、途中ではやめない。まあものすごい長編が次々刊行されるのに、ついて行けなくなって脱落したことはあるけど。「グイン・サーガ」とか「ローダン・シリーズ」とか「ガラスの仮面」とか、あ、あれはまだ脱落してない。次がなかなか出ないだけで。豪華客船の船出から、続きはもう出たんだっけか?

そんなことはともかくとして、いかに人生が短いからと言って、映画や一冊の本を中途でやめることは今もない。しかし最近どうもそれが怪しくなった。先がわからないまま途中でやめることに次第に抵抗がなくなった。

私をそうさせたのは、メールで届く朝日や毎日新聞の記事で「この先は有料です」と言って途中で終わってしまう記事の配信のせいだ。あのね、ちゃんと読みたいから、何度か手続きして会員たらにはなったのですよ。でも、いつの間にか、またもとに戻って更新しなきゃならなくなってる。それもけっこうめんどうくさい。

このごろでは、見出しがどんなに興味があっても読まないでそのままゴミ箱に放りこむことにしている。それでも時々気になってつい開いて読むけど、途中から読めなくなるからあきらめる。そういうことを続けている内、自分の中の何かがぐさぐさ崩れて壊れて行くのがわかるようだ。人の話も事実も最初や一部分しか聞かなくて、わかったような気になって満足する習性が、ガン細胞みたいに自分の中に増殖して行きそうで恐い。

大新聞はこんなことして、何がしたいんだろうと時々考える。どういう人間を、どういう国民を作りたいんだろうと考える。何かに手を貸しているのに気がついていないんだろうかと思う。これって、たしかに、国民の、読者の知性を、腐らせ、破壊して行っているよ。

どこかで読んだのだが、読売だか産経だか、いわゆるリベラル派から見るとろくでもない新聞では、こうした記事はいつだって全文ちゃんと読めるようになってるそうだ。朝日や毎日のような、比較的ましな新聞の主張が広がらない原因はそれも大きいという指摘だった。それはそうだろう。その差が生むものはものすごく大きいだろう。あの有料記事でどれだけもうけがあるのか知らないが、そんなものには代えられない自殺行為を朝日や毎日はしているとしか私には見えない。

記事の内容もだが、国民や読者に「最後まで読まないくせをつける」って、情報に携わる者として絶対にまちがっている。冒頭の面白さでひっぱって最後まで読ませてしまう自信があるとかないとか、そういう低次元なプライドの問題ではないよ。関係者はいっぺんちゃんと、そのことについて検討してみてほしい。

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カツジ猫