いろいろとデジャヴ。
◇小説「渚にて」の文庫本の旧版が見つかったので、新版とだらだら読みくらべて時間をつぶしている。核戦争の後、放射能の塵で全人類が死に絶えて行く様子が、オーストラリアのメルボルンを中心に静かで平和な日常的風景を通して描かれている。
今これを読んでいると、もうまるで全然絵空事だと思えない。SFの元祖ジュール・ベルヌはまだ気球がない時に気球に乗って旅をする「80日間世界一周」を書き、潜水艦がない時代にノーティラス号を舞台に「海底旅行」を書いた。時代を先取りし未来を予言するのがSFの得意技とすれば、「渚にて」も恐るべき人類滅亡の未来図で、決して地獄図絵ではなく、のどかで優雅で端然と週末の日々を迎える人々の姿が、若いときに読んだのとは比べ物にならないリアルさでせまって来る。
今の日本は政治的にも道徳的にも、もう死んでいる。滅亡を迎えつつある。先日、若い人とだべってた時私は、「もちろんアベをやめさせ、もうこれ以上何をさせてもいけないのは大前提だとしても」と前置きして「でも、アベって、たかが結果だもんね。本人がウミだって話があるけど、日本の腐敗と行き詰まりがたまってつまって、チューブからしたたり落ちたのがあれだからね。あれを生み出したものは、すごく大きいし多いのよ」と言った。
アベがどうだろうと何をしようとしまいと、政治も社会も終末期で破滅に向かっていて、それでも皆は平気で生活を楽しみ、今後も未来が続くかのように考えて行動している。その愚かしくも愛すべき、憎むべきやるせない姿が「渚にて」の登場人物ひとりひとりに静かに重なる。もう自分たちの手では世界も国も動かせず、舞い降りる放射能の塵のように、腐ったヘイトスピーチと金の亡者と病んだ精神の政治家たちに蹂躙されるしかない短い未来を、それなりに懸命に楽しんで生きてしまおうとしている人たち。多分、私もその一人だ。
◇昨日の歌舞伎でも、伊達家のお家騒動が背景になってるわけだが、要職の不正と腐敗を必死で江戸に訴えに来る老いた国家老と、その不正の中心の一人と結託して訴えを握りつぶし、さし戻して闇に葬ろうとする管領の姿は、もう、あまりにもあまりにも、森友加計問題に関する政府の態度と生き写しだった。
別に役者や作者や舞台が、意図して描いているのでも何でもない。かつて橋下大阪知事が、日の丸君が代を強制したとき、私は「ウィルヘルム・テルの戯曲でも見てれば、ああいう竿の先にあるものへの儀礼を強制して違反を罰するものなんて、悪役のやることとすぐにわかるだろうに」と、文学の凋落の方にむしろショックを受けた。洋の東西を問わず、文学や芸術は、たとえ資本主義でも共産主義でもその他何でも、看板には関係なく、正しい者と悪い者が、かならずすることと、決してしないことを、ありとあらゆる方法で、かゆいところに手がとどくように、私たちに伝えて見せてくれて来たのだ。これも、その一つなのだ。
そして、その腐敗した権力の、人を食った傍若無人ぶりを花道から「あいやしばらく」風にさっそうと登場する、正義の味方の偉い人、細川勝元が、重厚でも誠実でも不器用でもまじめでもなく、むしろ有能でチャラいと紙一重の軽やかな、頭の切れるエリート官僚風なのも、面白くて痛快で思いきり笑えた。
正義は武骨で地味でももちろんいいのだが、こうやって若々しくみずみずしくカッコよく水際立ったスマートさであるというのも悪くないよね。木村草太とちょっとかぶったりして(笑)。でも幸四郎の細川さんは、もっと、つるんと、おちゃらけていた。
ちなみに、悪役の仁木が化けてる大ネズミは着ぐるみであるが、盗んだ巻物をくわえて、花道で明らかに笑う様子をしたり、なかなかの名演技。それから、かわいそうな子ども千松を懐剣でなぶり殺しにするという、今ならどんな映画やドラマも放送コードでひっかかって上演しないだろう、すばらしい残酷な場面をやってくれる悪役の八汐(ここで乳母の政岡はじめ、重鎮の女房たちが四人、ずらりと居並ぶのもなかなか圧巻)が、アソウそっくりに口をゆがめてねじ曲げながら、じたばたもがいてうめき続ける千松を「おお、痛かろう苦しかろう、他人のわしさえ涙がこぼれる」とか言いながら、懐剣でぐりぐりえぐって行く場面は、ほんとにもう、民主主義や良識が千松少年に姿を変えて、惨殺されて行くようでしたよ。
◇そして明日は新潟県知事選の投票。
新聞を見ると、自民党は「争点かくし」と「組織票固め」。野党連合の池田さんは、県民の声を集め、投票率が上がれば有利。
規模はまったくちがうけど、この前の私たちがやったむなかた市長選挙と、あまりにも同じなのに、何とどこでも同じ図式なのだろうと痛感します。
全国から、できるかたちでの応援を。そして、現地の皆さんは、どうか投票へ。
私たちには、まだまだ自分たちで選べる「よりよい未来」があります。
命や生活をかけたり、愛するものを危険にさらしたりしなくても、ただ投票に行くだけで、その選択はできるのです。
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