1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. ずるっ。

ずるっ。

◇もうこのことを書いたかどうかも忘れてしまったほど、今私の毎日はとっちらかっているのですが(笑)、先日カツジ猫は何を思ったかいつにも増して元気に家じゅうを走り回り、キッチンにおいている小ぶりの灰色の丸テーブルの上に床からジャンプして飛び上がりました。

したらば例によって目測か何かを誤ったらしく、テーブルの上に乗ったのは上半身だけで、伸ばした両前足で必死にテーブルの表面にしがみついたけど、クロスもかかってないし、つるつる仕上げだし、したがってツメは立たないし肉球はあっても吸盤はないわけだし、だいたいつい必死とか言うたけど、何となくしがみつき方それ自体もゆるくて、私の見ている前で、大きな頭と上半身は、ずるっとすべってテーブルの向こうに消えて行き、ぼたっと床に落ちる音がしました。

本人(?)が書いてるように、その前に一度私が調理台代わりに使ってる長テーブルに飛び上がりそこねたことはありましたが、あの時は私はちゃんと見てなかったので、そ知らぬ顔をしてやれたのですが、今回はもう真正面でこんなこと言うちゃ何ですが、事故や事件や災害や刑事ドラマの屋上シーンで、目の前から家族や相棒がああやって姿を消したら、もう一生のトラウマになるわいと思うような、「あああ…」みたいな形相(と言ってもそこがまた、やつは何だかぽかんと目を宙に泳がせた無表情ではあったわけですが)をばっちり見てしまったわけで、それをやつも多分少しはわかってるわけだろうと思ったので、しゃあないから、かけよって抱き上げて、「はいはい、大丈夫よ、いい子だねえ」と慰めてやりました。

あとでその話を聞いた知人は、「そういう時には思いきり笑ってやらなくちゃ」と言いましたが、それは夢にも考えなかったなあ。多分昔読んだターヒューンの「名犬ラッド」という子どもの本で、賢いコリーのラッドについて「ラッドは笑うより鞭打たれた方がよかったのである」(だから家人は決して彼のことを笑ったりしなかったそうです)と書かれていたのを強烈に覚えているからでしょうか。もっともラッドはとても立派な強い犬で、カツジみたいなドジじゃありませんでしたが。
でも、カツジにはどこか、そこだけはラッドとも共通するデリケートさやプライドの高さはありそうな気がするものですから、笑えないのよねえ。これが故ミルクやロシアンブルーもどきグレイスだったら、きっともっとタフで、私も気にせず大笑いできるんでしょうけれどね。

◇その後また、つくづく思うことなんですが、ひと月前に依頼された論文原稿を書き上げた時あたりから、いろんな仕事の予定その他が、どことなくうまくかみ合って来て、家の片づけ、資料の整理、後期のノート作りその他もろもろが一気に攻略できそうな気配がちょっとあったんですよ。
もうこの10年かそれ以上、どうにも手をつけられず、手のつけようがなかった巨大な暗黒大陸というか密林というか南極大陸というかマフィアの組織というかいやまあ何でもいいのですが、とにかくそれを切り崩して一気に核心に迫り仕事が飛躍的に発展しそうな、何かそういう見通しが。

私の研究や仕事って、いつも波があるのです。昔ある後輩が「私の仕事は草食動物っぽくて、ちびちびしか進めない。板坂さんって肉食系でしょ、ライオンが飢え死にしかけるまでじっと動かないで、いきなりガゼルを倒してまるごと一頭食べるような」と評したことがあって、「牛いっとう」とかいうレストランの宣伝看板見るたびにそのことひょいと思い出すんですが、多分その評は当たってるんでしょう。
これまで仕事がわりとできた時はいつももう破竹の勢いというか、怒涛のようなというか、とどまるところを知らないぐらい何もかもがどしゃどしゃ片づいて、でもその後はしばらくずっと泥水みたいに停滞する。しかもその周期がだんだん長く、振幅がどんどん大きくなってるような気がしてならない。

なので、おっ、来たなと思ったと同時に、これがもうきっと年齢的にも経済的にも体力的にもその他もろもろ的にも私の最後の戦場だろうな、それで一気にすべてを処理して後は余生を楽しむぐらいのスケールで、この先数年爆進することになるかなって、悍馬が泡ふいて棹立ちになるぐらいの気分でちょっといたのですよ。
少なくとも、これまで凍結しておくしかなかった巨大な氷塊か、岩石に、やっと手をかけられる攻略できるよじのぼれる鑿を打ち込める、そんな予感がしてました。

とっころがもう、それから次々何だかもう、いろんなことが起こるわ起こるわ、まあ主要なのは夏の諸行事の平和運動とお盆関係なんで、しかたがないんですが、とにかく今にも手のとどきそうだった、幸運の女神の前髪と言おうか、最後の大仕事の塊に、指先さえも触れられない。
いやまだあきらめるのは早いとは思う、夏休みまだ半分残っているし。でもこう長く、スタートラインの足踏みが続くと、思わず気晴らしの余計な家事や遊びをしたくなって、集中力がぷしゅーとなくなって行きそうで恐いのよ、すごく恐い。
だからさあ、テーブルにしがみついて、ずずずとすべり落ちて行ったカツジ猫が、まるで自分のように見えて。
ねえカツジ、お願いだから私の前で、変なデジャヴみたようなパフォーマンスをしないでね(笑)。

ちなみに、その後は普通にちゃんと、テーブルにでもどこにでも飛び上がったりできてるので、失敗するのは単にはずみではあるようです。でも、それもまた何か予言をボディランゲージでやってくれてるみたいで、逆に不安ではあるよなあ。まあもう考えまい考えまい。仕事しよっ。

◇雨ばっかりふっていますが、意地になって山のような洗濯物を片づけて、軒下に干しました。
いただいたお野菜も無農薬ですから傷みも多分早いので、今日はまたスープや炒め物にして食べようと思っています。この前かぼちゃをつぶして牛乳でのばしてスープにしたら、そこそこいけました。うちはミキサーも裏ごし網もないのよね。今さら買うのもめんどうくさいし。

◇実はここ数日、留守にしてたのですが、カツジ猫は一応お利口でお留守番していました。それでも私が帰って来て安心したのか、今はベッドで大の字になって寝ています。私が遊び半分にもみくちゃにして、こねまわしても、ほとんど噛まなくなりました。気まぐれなやつだから、いつまで続くかはわかりませんが。

Twitter Facebook
カツジ猫