どうなるんでしょ
朝ドラ「ばけばけ」は、そろそろ「どたばた」と改名した方がよさそうなほど、コメディータッチが度外れになってきた。出演者たちがあいかわらず上手いから、何とかギリギリかたちになっているが、この悪乗りをどこまで続けるつもりだろうか。「イタイ」ということばは、まさにこのためにあるんだろうなと思うような、嫌悪感や拒否感を生みかねない、おふざけ会話とずっこけ演技の続出に、いったいこの先どう始末をつける気なんだろうと、恐いもの見たさで、つい見ている(笑)。
同じおふざけでも、大河「べらぼう」の方は、さすがに一線を超えず、基本を外さない。こちらは性病や売春など、現実の悲惨さに食い込んだ、グロテスクな描写もあるので、下手したら視聴者が全部逃げそうだが、それだけ気合と気迫で、切れ味が凄みを生んでいる。
主役の蔦重の、若いときのへらへら軽いバイタリティーとエネルギーを今は抑えて、渋く重厚なしたたかさに自然と移行している見事さには目を見張るし、それで華やかさが失われていないのも大したものだ。
前回では山東京伝の描写にも笑った。恋川春町と同様、現実の実際の京伝がこうだったかどうかは知らないが(笑)、ひとつのキャラとしてしっかり完成しているし、だからでもあるだろうが、そのキャラ設定を、的確に表現しつくしている演技もすごい。軽薄でお洒落で聡明で柔軟で、だがその底には消せない意地や気概もある。その悲しさや危うさを、わかりやすく見せてくれている。
しんぶん赤旗の日刊紙はいろいろ面白いが、先日は文芸欄の、「父母を散骨いたし海の果て願わくば凪ぎて碧々(あおあお)とあれよ」「ブドウではなくてシャインマスカット送り主から念を押さるる」の短歌、「雨戸開け植木刈る音秋来たる」の俳句も好きだったが、やっぱり、
愛猫の死に向き合って八十八歳
という京都の男性の川柳に、つい目がとまってしまう。
ところで、映画「宝島」が、あまりヒットしていないようなのは残念だ。私としてはやっぱりぜひ見てほしいし、こういう映画が大作としてもっと作られていいと思う。
でも、その上で苦言を呈すけどさあ、パンフレットをもちろん買ったし、内容も充実してるからはりきって読もうとしたのよ。でも、読めないの、字が小さすぎて!!
わかりますよ、伝えたいこと、書きたいことが山盛りだったんだろうって言うのは。それだけに惜しいし、くやしいのよ。いったいぜんたい、誰が読むって思ってるんでしょ。SNSでも五行もあれば、長すぎるって放棄する若者世代じゃないでしょ、いや読んでほしいけど。
こんなパンフレット買って、こんな記事読みたいと思う人って、大半が私前後の、下手すりゃ七十~八十代の老人だよ。私は老眼鏡使ってないけど、それはむしろ珍しくて、ほとんどが、小さい字は読めないし、読めても敬遠するし疲れるの。
そういう人たちのことを、ほんとに何にも考えてないパンフレットですこれは。いまどき、新聞や週刊誌の活字も昔より大きくなってるのに、これは多分それよりも小さい。半ページも読まずに私も放棄しました。読みたい内容ばっかりなのに、とてもくやしいです。
あんまり敷衍したくはないけど、この精神なんだよねえ。せっかくいい作品や映画や本を作りながら、変なところでものすごく詰めが甘くて配慮が足りない。だから肝心なところで負けるんです。
どうにかならんもんですかねえ。
