ぷぎゃ~
「江戸の紀行文」をお送りした皆さんから、ぼちぼち感想をいただいているのですが、その中のひとり、昔の同僚の鉄道マニアでマメな国語学の先生から、「この本の出色はなんといってもコラムでしょう」とおちょくってるかもしれないハガキが今日来て、それはいいのだが、「目次で『東海道』の章の最後の小見出しにある『膝栗毛とその後の紀行』が本文に見当たりませんが、きっとどこかにあるんでしょう」とも書いてくれている。ぎゃお~。
あの部分は、最後の最後で編集者と「ない方がカッコいいですよね」とか意気投合して削ったのだが、その時点ではもう目次も完成していたから、そっちも削らなくてはならなかったのに、忘れていた!
しかし、そんなこと照らし合わせて見る人など、きっとあいつぐらいではあるまいか。失敗にはちがいがないが。
ちなみに、削除したのは、以下の部分。ブログにおいでの皆さんへのサービスでもないですが、つけておきます。読みなおすとやっぱり削った方がいいなあ。目次を訂正しなかったのはミスですが。
【膝栗毛とその後の紀行】
「膝栗毛」は紀行にも大きな影響を与え、大原幽学の紀行など、膝栗毛を意識した旅も紀行も幕末には増加した。そのような日常と俗に徹することも江戸時代の紀行が見いだした新しい方向のひとつだった。だが、それはあくまで主流ではない。益軒がよりどころにした実用性を基盤に、宣長が工夫した個人の日常を中心とする本来の日記的性格を主とした紀行のあり方、それにふさわしい平明で優雅な文体の開発は、それとは異なる発展をつづけ、南畝のような作品も生みつつ、小津久足をはじめとした多くのすぐれた和文紀行という大きな成果となって、近代へとつながるのである。