ぼくと、もうふ(カツジ猫)
みなさん、こんにちわ
かいぬしは、ねんまつのしごとが、いそがしすぎて、
なにからしていいか、わからないものだから、
かえって、だらだら、なまけています。
ぱそこんげーむをしたり、
てれびの、へんなばんぐみを、ずっとみていたり。
そのくせ、ぼくがちかづくと、
「いそがしいから、きちゃだめ」というかおをします。
このまえ、えいがをみにいくときも、
「おまえは、おるすばんしておいで」と、
みえてもいないはずのぼくにむかっていって、
ひとりで、でかけました。
ぼくがいきてるときも、こうだったんだよな。
かいぬしにいわせると、「なにかしなくちゃいけないときは、
とりかかるまえに、ぼんやりしてるじかんが、ひつようなのよね。
そこがわからないやつが、おおすぎる。
むかし、でんしゃにのってると、となりのせきで、
みょうに、はなしかけてくるおじさんが、いっぱいいた。
ときには、いっしょにおりようみたいに、さそわれたりした。
いいかげんにあいてをしていても、ぜんぜん、はなしをやめないのさ。
それをふせぐために、いつも、ほんをよんでいた。
とくに、おもしろくなさそうな、たいとるのほんをさ。
かばーをかけてたら、『なんのほんですか』とかいってくるから、
かばーはかけないでね。
それでも、ときどき、ややこしいひょうげんや、
かんがえてみたいもんだいがうまれて、
ちょっと、めをはなして、よむのをやめることがある。
すると、ずっとまってたみたいに、すかさずはなしかけてくるのさ。
そういう、へんなおじさんはね。
まあおじさんにも、かぎらないが、ほんをよんでいて、
ちょっと、やすむときというのは、
よんでるときいじょうに、いちばん、しゅうちゅうしてて、
はなしかけられたくないときなのよ。
これがもう、わかってなくて、『いまならだいじょうぶ』と
かんちがいして、はなしかけてくるやつほど、
はらがたつものってない。
いちばん、ひまそうなときほど、いそがしいんだよ、こっちはさ」
とか、よくいっていました。
なんだかしらないけど、そんなふうで、
このまえも、ひとりで、えいがにいったら、
すいていたのに、へんなにーちゃんに、よこにすわられて、
ちかんじゃないかと、きんちょうして、きがちったそうです。
ぼくをつれていかないからさ。
いいきみです。にゃご。
はちがつのすえに、ぼくはしんだのだけど、
そのときに、ぼくがねていた、べっどかばーと、もうふを
かいぬしは、ずっとせんたくしていませんでした。
あんまりさむくなかったから、ふゆようのふとんにかえないでも
なんとか、やっていけたらしいです。
「これをあらったら、おまえがほんとにいなくなるなあ」ともいって、
うじうじしていました。
だからぼくは、もうふにはりついたりしてないで、
ずっと、そばにいるんだったらさ。
それでもとうとう、けっしんして、おととい、もうふやかばーを
ひとまとめにして、こいんらんどりーに、もっていきました。
そうしたら、ねんまつだし、みんなが、せんたくにきていて、
せんたくきが、ぜんぶ、ふさがってたので、
でなおして、よるになって、またいって、
とうとうぜんぶ、せんたくしました。
ついでに、まっとれすもきれいにそうじしていたら、
しきふのしたから、なんねんもまえの、「だによけぱっど」が
なんまいもでてきて、かいぬしは、うんざりしていました。
そういうのをかたづけたあとで、いちねんほっきして、
「ええい、まっとれすを、うらがえすか」といいだしたので、
ぼくは、やばいよなあとおもいました。
まっとれすなんて、おもいから、わかくて、げんきなときでも、
ひっくりかえすのに、ひとくろうしていたはずだもん。
でも、かいぬしは、おもいたったら、やめないから、
ほんとうに、ひきずったり、おしたりして、
まっとれすを、ひっくりかえしました。
けさになって、まっとれすを、たてかけるようになったとき、
ろうかの、がらすどが、はずれかけていたことがわかりました。
それはすぐに、はまって、もとどおりになったけど、
まっとれすのおもみで、てれびやら、がらすどやらが、
たおれて、こわれても、ふしぎじゃなかったよな。
ほんとうに、むちゃがすきな、ひとなんだから。
まっとれすは、ときどきそうして、ひっくりかえしたほうが、
いいらしいんだけど、それにしてもさあ。
まあそうやって、せんたくした、もうふやらをしいて、
ふゆようの、はねぶとんもたして、きれいにしたのは、
もう、あけがたの、よじでした。
かいぬしは、「やったぜ、かつじ」といって、
「おまえもおいで」といいながら、ふとんにもぐりこんで、
すぐ、ねてしまいました。
この、べっどかばーは、かいぬしのおかあさんが、
しぬときに、かけていたものとおなじだそうです。
やすものだけど、あたたかそうで、かいぬしは、
すこしまえに、かってきて、かけてあげてたのだそうで、
おかあさんの、しがいをつつんだまま、やいてしまったのだって。
そのあとで、おなじものが、みせにあったから、
かいぬしは、なつかしくて、つい、かっちゃって、
べっどかばーがわりにかけてたりしていたみたいです。
ふわふわして、きもちよかったから、
ぼくもよく、そのうえで、ねていました。
ふとんのなかにはいるのは、あつくていやだから、
いきていたときとおなじように、かいぬしのよこで、
かばーのうえに、ねていると、
なんだか、おかあさんの、わらいごえが、きこえてきたようでした。
むかし、いなかのいえで、ふるい、おおきな、にわとりごやを、
からになって、こわしようもなかったのを、
かいぬしが、ひをつけて、やいてしまったことがあって、
ものすごい、ほのおが、あがって、
おきゃくさんにきていた、おばさんは、
「しょうぼうしょが、こないかね」としんぱいしたけど、
かいぬしのおかあさんは、おおわらいして、
「さすがは、わたしのこだ」と、いってたらしいから、
まっとれすの、ひっくりかえしも、
きっと、おもしろがっていたんだとおもいます。
まさか、そのうち、おかあさんも、
ひょっこり、あらわれたりしないよな。
ちょっと、あってみたいきもするけどさ。
