ぼくの、くうそう(カツジ猫)
みなさん、おはようございます
きのうはずっと、あめでした。
かいぬしは、「しめしめ」といって、
のきしたの、はなのはちを、あめのなかに、だしてやっていました。
そのまえのひは、いいてんきで、あたたかくて、
ぼくは、にわで、ずっとあそびました。
かいぬしが、これまでにかった、いぬや、ねこは、
ぼくもそうだけど、もうみんなしんでいるけど、
いきてたときとおなじように、かいぬしとくらしています。
いきもののめには、ぼくたちはみえないし、
おぼえてくれているいきものが、みなしんでしまったら、
ぼくたちも、きえてしまうんだけど、
さしあたり、かいぬしが、いきているあいだは、
このいえも、にわも、にぎやかです。
あそびつかれたので、くさのうえにすわって、おひさまのなかで、
かいぬしの、しぬときのことを、かんがえてみていました。
このいえで、しぬのかな。びょういんか、どこかかな。
くるまのじことかで、とつぜん、とおくで、しぬのかな。
そのときに、ぼくたちは、どうしているんだろう。
にわに、みんなで、だまってすわって、きえるのを、まっているのかな。
いつものように、あそんだり、ねむったりしているのかな。
ぼくいがいの、どうぶつの、ほとんどは、
かいぬしがしんだら、きえてしまうんだろうとおもいます。
ならんですわっていて、きゅうにみな、いなくなるとか、
あるあさ、おきたら、いえのどこにも、だれのすがたもないとか、
にわで、いっしょにあそんでいたら、とつぜん、みんなきえて、
ぼくだけになってるとか。
それは、いまみたいな、はるのはなのなかかな。
しずかなあめのふるなかかな。
いなびかりのする、あらしのなかかな。
なつの、あついひざしのなかかな。
かぜがちらす、おちばのなかかな。
しろいゆきがふってるのかな。
いっぴきになった、このにわで、
ぼくは、どのくらいまつんだろう。
でも、そのうちに、かいぬしが、はなのむこうや、あめのなかや、
おちばや、ゆきのあいだから、
いきてたときのように、やってきて、
「あら、かつじ、そこにいたの。またせて、ごめんね」といって、
しゃがんで、ぼくを、なでて、だいてくれて、
「また、ふたりだけになっちゃったねえ」とか、いうんだろう。
ぼくたちは、かいぬしの、おそうしきをけんぶつしたり、
あたらしいひとが、このいえにすんだり、
ひょっとしたら、いえもにわも、こわされてしまうのをみたりして、
それから、たびにでかけたりするんだ。
「どこにいきたい、かつじ。うみかな。やまかな。
おおきなまちかな。ふるい、おしろかな」と、
かいぬしが、ぼくにきいて、いっしょに、せかいを、まわるんだ。
かなしいような、たのしいような、きもちで、
うとうとしながら、そんなことをかんがえていると、
おおきな「きなもち」のえだづたいに、いえのやねにのぼっていた、
せんぱいねこの、きゃらめるさんが、きをつたって、おりてきて、
「なにをぼうっとしてるんだ」といいながら、ぼくのみみを、なめました。
「かいぬしがしんで、みんないなくなって、
ぼくだけになったときのことを、かんがえていた」というと、
きゃらめるさんは、「おもしろそうだな」と、めをきらきらさせて、
ぼくに、かたをこすりつけました。
かいぬしがしぬまえに、なにかにうまれかわれば、きえないんだけど、
きゃらめるさんに、そのきはないようです。
「いきてるあいだも、しんでからも、じゅうぶんたのしんだし、
すっきり、きえてしまうほうが、らくでいい」とか、いってたし。
ぼくたちは、それからしばらく、とっくみあったり、
おっかけっこをしたりして、ゆうがたまで、あそびました。
きのうは、あめだったから、ぼくたちはみんな、
かいぬしと、べっどで、ねて、てれびをみながら、すごしました。
やきゅうのしあいが、あっていて、いつか、となりまちの、
とーくしょーでみた「こんどうさん」が、でていたので、
くろねこの、あにゃんさんは、よろこんでいました。
このしゃしんは、ぼくがいきているとき、
おふろばの、じゃぐちから、みずをのんでいる、
ちょっと、めずらしい、しゃしんです。
かいぬしは、そうとう、がんばって、とったんだろうなあ。
