ぼくの、とおりみち(カツジ猫)
みなさん、こんばんわ
かいぬしは、「とうみんごっこにも、あきたし、
おてんきは、はっきりしないし」と、くさっています。

「なんか、なにもするきが、しないのよねえ。
おまえが、いきているときには、
おまえが、さむいにわに、にげだすのが、かわいそうで、
そうじきもかけないで、ゆかは、ごみだらけだったし、
おまえが、いたずらして、けがしたらこまるとおもって、
はりしごとも、できなかった。
いまはもう、どっちも、こころおきなくできるから、
やったーと、おもっていたのに、
なんだか、どっちもするきがしない。なんでかなあ」と、
すがたのみえない、ぼくにむかって、なげいています。
しらないよ、ぼくのせいじゃないもん。
このしゃしんは、ぼくが、だいどころから、そふぁのほうに、
いどうしようとしてる、しゅんかんです。
これは、まだ、いえができてまもないころで、
かぐも、そんなに、ありませんでした。
そのあとは、つくえや、てーぶるもふえて、
かいぬしは、べっどのまくらもとのてーぶるで、
てれびをみながら、ごはんをたべていました。
ぼくが、べっどから、てーぶるにあがって、だいどころの、
つくえに、とびうつって、みずをのんだり、ごはんをたべたりしに、いくとき、
かいぬしは、せまいてーぶるのうえで、ぼくのとおりみちをかくほして、
なにも、おかないように、きをつけていました。
いまは、もう、ぼくはしんで、どこにでも、じゆうにいけるから、
とおりみちは、つくらなくていいのに、
かいぬしは、やっぱり、まえとおなじように、
おかしや、くだものや、のみものを、
ぼくのあるく、みちすじには、おかないようにしています。
おかげで、つくえのうえが、きゅうくつになっても、
なんとなく、そこには、ものをおきません。
まあ、いきているときだって、ぼくは、きようだったから、
しょうしょう、なにかあっても、ちゃんととおりぬけていたんだけどね。

そうじきや、おさいほうも、それとにた、かんじなのかな。
たんにただ、ずぼらなだけかな。
それでも、けさは、かいぬしは、さむいなかで、おもやの、まえにわの、
かれた、「ささ」やなんかを、かりこんで、
ちょっとだけ、みためを、よくしました。
にわは、すいせんが、いっぱいだけど、
おおきな、「きなもち」の、きのしたには、もうすこししたら、
みじかい、きいろの、すいせんが、まいとし、いっぺんに、はえだすので、
「それまでに、ささを、かっておかなくちゃ」と、
だいぶまえから、きにしていました。
「これで、ちょっと、かたのにが、おりた」と、いっています。
ぼくも、にわにでていって、そばで、みていました。
かいぬしが、はたらいているあいだに、おひさまもてってきて、
すこしだけ、あたたかくなったので、
せんぱいねこの、きゃらめるさんや、あにゃんさんも、やってきました。
おもやから、しょだいねこの、おゆきさんや、みけねこの、しなもんさんや、
はいいろねこの、ぐれいすさんもでてきて、
みなで、あたりの、くさをかじったり、きにのぼったりしていました。
ぐれいすさんは、「にわのていれなんか、あとでいいから、
はやく、おもやを、きれいに、かたづけてくれないかしら。
しつれいしちゃうわ」と、ふきげんでした。
「まあ、おちつけよ。あれはあれで、きもちがいいぞ」といって、
きゃらめるさんが、かおをなめると、ぐれいすさんは、
すこし、きげんがなおりました。
きゃらめるさんは、けんかもつよいけど、めすねこたちにも、もてます。
「やせいてきなのが、すてきなの」と、
あにゃんさんの、いもうとの、ばぎいさんがいっていました。
このしゃしんは、きゃらめるさんが、すずめをとってきて、たべているところです。
「たすけるひまどころか、しゃしんをとるひまもなく、
あっというまに、あとかたもなく、たべてしまったの」と、
かいぬしが、いっていました。
あにゃんさんは、ぼくに、「こんなしゃしんは、こわがるひともいるだろうから、
『えつらんちゅうい』と、かいておいたほうがいいよ」と、おしえてくれました。
えつらんちゅうい。でも、このしゃしん、すきなひとも、おおいらしいんだよ。

きょうは、そのあとも、いろいろ、おもしろいことがあったのだけど、
いっぱいすぎて、かけません。
またあした、ゆっくり、かくから、たのしみにしていてください。