ぼくの、まいくろちっぷ(カツジ猫)
みなさん、おはようございます
ぼくが、いきているとき、かいぬしは、
ぼくのことを、とことん、ばかにしていて、
「きっと、わたしが、そうぞうもできないような、
へまな、しにかたをするんだわ」と、
いつも、しんぱいしていました。
「めのとどくところで、しんでくれたら、
それでもまあ、かくごしとくけど、
どっかにいったまま、まいごになって、
かえってこなかったら、どうしよう」と、
そっちはもっと、しんぱいしていました。
ほかにも、いなくなった、ゆくえふめいのままのねこは、
なんびきかいて、そのねこたちのことも、くにしていたけど、
「とくに、おまえはねえ、なんだか、さむいゆきのなかで、
このうちのことを、おもいだしながら、
とぼとぼとあるいている、かおや、ようすが、
めにうかんできて、しかたがない。
どうしてこんなに、ふこうが、にあいそうな、ねこなんだろ」
と、いつも、なげいていました。
くびわにもちゃんと、ちいさな、きんぞくの、
「まいごふだ」をつけてくれていて、
ぼくが、ごはんをたべるとき、
それが、しょっきにぶつかって、かたかた、おとがするのを、
ねどこできいて、「おきたのかーい、たべてるのかーい」と、
はんぶん、ねながら、いってたりしました。
でも、そのまいごふだも、
「おまえは、まいごになって、さまよってるとき、
きに、ひっかけたり、よそのねこに、もぎとられたり、
なんだかんだで、おっことして、
なんのやくにも、たたないような、きがするんだよなあ。
くびわもなくして、のらねこあつかいされて、
えさももらえないで、やせこけて、けももつれて、
きたなくなって」と、かってに、どんどん、おちこんでいました。
そして、とうとう、いきつけの、じゅういさんにたのんで、
「まいくろちっぷ」をいれてもらうことにしました。
おいしゃさんは、ぼくのかたに、ちゅうしゃをして、
まいくろちっぷをいれてくれました。
いたくもなんともなかったし、そのあとも、
べつに、きにならなかったから、
かいぬしも、ぼくも、わすれていました。
かいぬしは、「これで、できるだけのことはした。
あとは、じぶんで、なんとかするんだよ」と、
ぼくに、いいきかせて、あんしんしたらしいです。
このいえのねこで、まいくろちっぷをいれてもらったねこは、
ぼくが、さいしょで、さいごみたいです。
それだけ、たいせつにされたんだと、じまんしたいけど、
それだけ、しんぱいされてたんだと、ばかにされそうだから、
せんぱいねこたちには、まだ、いっていません。
かいぬしは、ぼくがしんで、おはかにうめてくれるとき、
くびわは、はずしてくれたけど、
まいくろちっぷのことは、わすれていたみたいです。
このごろ、おもいだして、
「おはかのなかに、あるのかな。
ほねといっしょに、のこってるんだろうか。
じゅういさんには、しんだことを、ほうこくしたから、
しんごうをていしするとか、なんか、そういうてつづきは、
してくれたろうと、おもうけど、
いまでも、どこかで、なにかしたら、
おまえの、おはかのなかで、なにか、はんのうが、あるのかな。
でんちと、おなじように、そのうち、つちにまじるのかな。
かんきょうおせんにならないといいけど。
なにか、やくにたつ、ぶっしつが、つかわれていて、
わるいひとたちが、しんだひとの、きんばを、ぬすむように、
しょうらい、おはかが、あらされるとか、あるのかな」と、
あれこれ、そうぞうを、たくましくしています。
ほんとうのところ、じぶんが、いちばん、
おはかをほって、なかをみたいんじゃないかと、
ぼくはちょっと、うたがってます。
こうきしんおうせいな、やつだからなあ。
ぼくのみたところ、おはかのなかに、
それらしいものは、ありません。
やっぱり、つちにもどっちゃったか、
なにかにまぎれてしまったのかな。
おはかのなかは、あたたかくて、かいてきで、
かいぬしが、ぱそこんで、みせてくれた「かぷせるほてる」みたいで、
ときどき、くつろぎにいくには、わるくないんだけど。
このしゃしんは、ぼくが、あついときに、
げんかんのゆかで、すずんでいるところです。
まだ、このいえがたった、さいしょのころで、
いまとは、ようすが、かなりちがいます。
ぼくのくびにも、まだ、ちっぷは、はいっていません。
まいごふだも、ついてなかったんじゃないかな。
