まだ慣れない
今日は222でにゃあにゃあにゃあの猫の日らしい。
燃えるごみを出す日でもあったので、ごみバケツを見に行ったら、ほとんど空っぽだった。2月8日に亡くなった黒猫のグレイスがいたころには、燃えるごみに出せるトイレの砂を使っていたので、週に二回はごみバケツはいっぱいになって、袋を集積場に運んでいた。上の家のくずかごも、彼女の世話に使っていたティッシュやドライフードの袋やその他がなくなったので、さっぱり中身が増えない。掃除も毎朝しなくてよくなったし、楽になったと言えば楽になった。でも、いろいろまだ、ぴんと来ない。
彼女の寝ていたベッドも、すっかり風を通して毛布や羽根布団をかけて、クッションを重ねて、客用寝室もどきに変化した。今朝はそこに寝て、窓から見える明るくて暖かそうな空をながめていると、あいつは毎朝この景色を見ていたのだなと、あらためて思う。
よせよせと思っていたのに、ついネットで黒猫のぬいぐるみを買ってしまった。明日あたり届くだろう。ベッドの上に載せておくことにする。我ながらばかだなあ。
この部屋は日当たりがやたらいいので、色あせるかもしれないが、そうしたらロシアンブルーっぽくなって、灰色猫のグレイスに少し似てくるからちょうどいいか。
そんなしょうもない買い物ばかりしていたから、気がついたら預金が危険水域にまで減っていた。しばらく節約しないと危ない。
こんなことになった一つは、新装開店した近くのスーパーに、私の取引先の銀行のATMがなくなったからだ。どういう事情があるのか知らないが、これが本当に困る。わざわざ遠くまで行かなくてはいけないと思うと、つい多めに引き出して、そのまま使ってしまうのだ。
電子書籍で出す予定の「お買い物と文学」の最終校正ファイルが届いた。楽しい本になりそうで、うれしい。何十年も構想を温めてきた「情けあるおのこ」も電子書籍で出す予定で、これも思いがけず何とかしあがりそうで、これまたわくわくしている。しかし、最後の仕上げでこけてはならないから、気を引き締めていなくてはならない。
首相の長男の接待事件もひどいものだし、愛知のリコール署名のインチキぶりと来たら、よく人前に顔が出せるなと言いたくなるぐらいの恥ずかしさだし、島根県知事の聖火リレー辞退発言を「呼びつけて注意する」と言った議員のカン違いぶりにもずっこけるし、地震の時の原発もいろいろ怪しかったようだし、せめてひとつ残らず覚えておいて、選挙の投票できっちり反映させないとと思うしかない。
庭では梅が満開になり、いつも咲く小さい黄色い水仙も、しっかり花が開き始めた。ユキヤナギもちらほら花をつけはじめている。
写真はたった今撮った、夜の梅。わりときちんと撮れるやんけ。