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よく言うよ。

◇何とか仕事は間に合いそうなのですが、まだまだ油断はできません。
月末締め切りの原稿は、熱海の図書館にある江戸時代の熱海紀行の翻刻(活字化)でして、これは作者の自筆本がよその文庫にあります。そちらを原本にするのがスジでしょうが、せっかく地元の図書館に保存されてたのだし、ざっと見たところではそんなに異同もなさそうだし、と、熱海市の本を原本にしました(それをもとにして翻刻をするということ)。これは私は実物をちゃんと見ているということもあったし。

実は私は自筆本の方は、もう翻刻をしてしまっていて、だから、それをもとに、異同があったらかっこで示して行くっていう、けっこう細かい、イライラする作業をずっとしてました。
思ったよりずっと異同が少なくて、漢字と仮名のちがいさえそうなくて、転写した人に感謝しつつ、ほっとしてたのですが、だんだん、おいちょっと待てよ、の事態が。

自筆本の方が当然信用できるはずなのに、なぜか、脱落部分があって、それが存在する熱海市の本の方が、ちゃんと意味が通じるし、書写した人がてきとーに補充したという感じでは絶対にない。
これはどういうことなんだ、自筆本が他にあるのか、と謎は深まるばかりです。まあ、それにしても自筆本だけで翻刻しなくてよかった。こうなると、熱海市の本、けっこう良本だったんですね。

◇そんなこんなで、いろいろと興味が深まり、夢中で翻刻していると、当然もう他のことはわりとどうでもよくなって、それがちゃんと伝わるからか、母もカツジ猫も何となくきげんが悪いというか、元気がない。ふしぎなもので、こちらの気持ちが向いていないと、人間も動物も日が当たらない植物みたいに、しおれて行きます。
母はゆうべ行ったら、珍しく「このところ私は何だかずっと具合が悪いのよ」と言うので、「どこか痛いの、熱があるの」と聞いていたら、そのうちに忘れたのか、「いや、私は大丈夫よ、元気よ」と言い出しましたが、どっちがほんとかわからない。
カツジ猫は私が家にいるので、満足はしているようですが、それでも何となく所在なげで、私のまわりをうろうろします。

こんなので気がとがめたり、うしろめたくなったりするには、私は甲羅に苔が生えすぎてますから平気ですが、ただあらためて思うのは、家族の介護をしていて、うつ病になりかけたりしている友人たちのことも含めて、まあ今日び、女性だけとも限りませんが、それでも圧倒的に母や妻や女性たちは、家事や介護や育児を放棄も忙殺もできず、好きなことにもやりたいことにも全力で打ちこめることはほぼない、あってもいつも罪悪感と隣り合わせでしか仕事ができないということです。
これって、ほんとに大きいですよ。経験してなかったら絶対にわからない。そんなこと何も気にせず全力投球できる快感と、いつも何かに気をとられながらこわごわ、ひやひや、いちかばちかで何かに打ちこむ苦しみと、どっちも、どっちかひとつでも、味あわなかったら決してわからないと思う。

こんなんで、女の学者や芸術家はいないとか少ないとか、女はそういうことに向いてないとか、よく言うよねと思います。そう考えていると、あらためて頭に血が上る。

◇レポートの採点をして、成績をさっきめでたく大学の事務に提出してきたのですが、今回けっこう点に差が生じていて、学生が質問してくるかもしれなくて、それはまったくかまわないのですけど、手数を省くために、採点基準を書いて、掲示してもらうように頼んできました。ここにもアップしておきますね。こそっと書きますが、最終的には少し甘くして点を水増ししています。何を言いたいかというと、もうこれ以上、さかさに振っても点数は多分上がりませんよと言うことで、教師の良心にもとるんじゃないかと思うぐらいの出血大サービスをした結果の採点です。特に「可」の人の半数近くは、「不可」にしていい点数だったと思って下さっていていいです。理由を書くと愚痴になりそうなので書きませんけど、ひょっとしたら、今日の深夜あたり書くかもしれない。

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カツジ猫