ペンライトデモ
先日、博多に用事があって車で行くとき、エアコンがさっぱりきかないから、まだこの車くたばるような年じゃないぞと思って、ふと車外温度を見たら39度になってた。道理でと納得した。
今朝はちょっと涼しいようだったからエアコンを27度にしていたが、何だか暑くて寒暖家を見たら室内で32度になってた。言っとくがこの家は、ふだんはわりと涼しく、エアコンなしでも最高30度ぐらいにしかならない。これはもう非常事態と、エアコンを25度に下げたら、何とか息がつけて仕事もできた。来週はもっと暑くなるようだが、どうやって生き延びたらよかろう。
もしやこんな状態でも高校野球は甲子園でやるのかしら。でも、気になってネットで見たら、「全国大会を何とかしても地方大会はどうしようもないし」「野球はまだ休めるけど、サッカーなんかはもっとひどいし」「室内でもバドミントンの試合は風があるといけないから、冷房なしで地獄」「選手より応援団の方が大変。ブラスバンドの金管楽器とか、熱くてさわれもしないほど」とかいろんなコメントがあって、読んでるこちらが、途方に暮れて立ちつくす気分になった。中には「死者が出るまでどうしようもない」みたいな、やけ気味のコメントもあったりした。しかし、選手の、それも主軸で抜けようもない選手の保護者とかは、いったいどういう気持ちなのだろう。私が心配してもしょうがないが、気になってならない。
今日は夕方から近くのJR赤間駅前で、福岡県議会の不祥事に抗議するペンライトデモがあった。せっかくだから、母が昔、田舎の家で、いろんな集会やデモに行くときなどに使っていたペンライトというか何かの記念でもらったらしい小型の懐中電灯を持って出かけた。ずっと壁にかけっぱなしていたので、電池が腐っていて、こりゃだめかと思いつつ、爪楊枝で掘り出して、新しいのと入れ替えたら、立派に点灯して、母と同行するつもりで出かけた。

駅前の空き地は日陰で風も涼しくて、なかなか快適だった。むなかた九条の会をはじめ、最近ではなかなか会えないでいた、おなじみのメンバーとも出会えて楽しかったし、市長選候補になった田中りかさんや、県議会議員の福地幸子さんをはじめ、スタッフの方々が、プロみたいに華やかで行き届いた司会や運営をされていて、見ていて楽しかった。県議会の話とか、むなかた市議会では海外視察はどうなっているかとか、福岡全体や地元のいろんな情報が聞けて楽しかったし、勉強になった。若い人たちの発言もあって頼もしかった。参加者は90名ほどと報告されていた。もしかしたら、また映像が出るかも知れないから、詳しくはまたその時に。
ただ、久しぶりに顔を出したこともあって、何人もの方から「お元気でしたか」「お会いできてうれしい」とかはともかく、「お痩せになって」「大丈夫ですか」などと聞かれるのは、うっとうしいとか言うより、もしも私が大丈夫そうに見えないのだったら、そんなこと聞くもんじゃないというのが、普通に常識じゃなかろか、そっちこそ大丈夫ですかと言いたくなって困った(笑)。
この前「お好きなんですか」という言い方について検索して遊んだのに味をしめて、帰ったあとでまたパソコンに「大丈夫ですか」という言い方について検索してみた。そうしたら、質問の文章を全部打ち込まない前にもう、「大丈夫ですか、は失礼で、言わない方がいい」みたいな意見や解答がいくつも出て来て笑ってしまった。ちなみにAIさまのご託宣はこのようなものだった。
「大丈夫ですか」と聞かれるのが嫌なのは、「はい、大丈夫です」と無理に答えることを強制されているように感じたり、本当の気持ちを言うのが面倒・気まずかったりするからですよね。これには共感する声がとても多いです。実はこの感情にはいくつかのパターンがあり、自分がなぜ嫌なのかを知ることで少し気持ちがラクになることがあります。よくある理由は以下の通りです。
- 「はい」以外の選択肢がないプレッシャー
「大丈夫ですか?」と聞かれると、ほとんどの場合「はい、大丈夫です」と答えるしかなく、本音(本当はつらい、余裕がない)を隠して相手を安心させる対応を強いられるのが負担になります。
- 詮索されているような不快感
表面的に心配されることで、かえって自分の状態を覗き見られているような、コントロールを失う感覚になることがあります。
- 自分のペースを乱される
そっとしておいてほしい時や自分のリズムでやり過ごしたい時に、外から声をかけられることで集中やペースが崩れてしまいます。
昔から私は自分は社会の少数派で異常で非常識な人間と思っていたし、それを悪いともいやだとも思ってなかった。ちなみに、吉永小百合も石原裕次郎も美空ひばりも島倉千代子も嫌いだった。山口百恵は今も昔も好きだったが、最初に彼女を気に入って、まもなく彼女が大スターになった時、世間の好みと自分が一致したことに、世界や多数に追いつかれたような不安や危機感さえ感じたものだ。

