一応何とか。
◇昨日に続いて今日もまた、朝からじりじり暑かった。そのせいもあって、昼過ぎまでさっぱり原稿が書けず、うんざりして、ジムに行き入浴だけして、なじみの店に立ち寄ってコーヒーをごちそうになり、仕事が進まない愚痴をこぼして、来年のカレンダーのきれいなのをいくつか買って帰ってきた。エアコンを消すのを忘れていて、涼しい室内でカツジ猫が新しい毛布の上で太平楽に寝こけていた。
母のところに顔を出すまでの、ちょっとの時間に少しでも仕事をするかと、しぶしぶ机に向かったら、なぜかどうしてか、あっという間に原稿が完成した。まあ、筋道はできていて、あとは資料を挿入して行くだけになってたってこともあるのだが。細かい記入をあと少しすれば、完璧だ。
問題は、これが求められる講演内容に合っているかということなのよね。今さらながらの心配だが。私は江戸時代の紀行を作品として鑑賞し評価するのに慣れていて、そういうことを話せと言われたら、まあまあ大丈夫なのだけど、今回の講演はどうも、旅という行為を通して江戸時代の知識人が何を考えていたかみたいなことを探るのが目的らしい。そういう視点であまり考えたことがないので、原稿を書いていて、慣れない仕様に頭をねじっているので、油断したらもとに戻りそうになる。だいたい、旅に出て、楽しむということと、それを紀行にしたためるということは、多分同じではないわけで、そのそれぞれに、どういう意識だったかをわけて考えなくてはいけないだろうと、ぼんやり感じているので、そこもややこしい。
そういうわけで、守りに入ってるんだか攻めてるんだかよくわからない原稿ができた。まあ今回はこれで乗り切るしかないだろう。いやいやながらでも、頭を使ったので、ジムでトレーニングをしたみたいにすっきりして、また何かが見えてきた気はする。猫だの家事だの選挙だの志布志のうな子などにかまけてないで、もっと毎日せっせと勉強していたら、ずっといろんなことがわかって来るんだろうがなあ。惜しい。って、ひとごとみたいに何だよ(笑)。
◇母はだいぶ元気になっていて、私の顔を見て「おや、いらっしゃいませ」とふざけた。敬老の日に飾った濃い赤のカーネーションがくたばりかけていたので、持って帰って、短く切って白い小さなカップにさした。
帰りに本屋に寄ったが、大城立裕の本がなかったので、湊かなえの「夜行観覧車」を買ってきた。何だか気味の悪そうな内容だが、うなぎのCMや、国会で拍手をさせる首相よりはましだろう。
さっき少し雨がふった。今日はほんとに暑かったから、庭の草木にはありがたい限りだ。