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不熱心な節分。

◇節分なので夜中直前のさっきになって、寝静まったご近所に遠慮して、小さな声で「鬼は外、福は内」と言いながら家の回りに豆をまいた。昨日買っておいた豆だが、毎年私はこの豆がおいしくて、庭に落ちていたらつい拾って食べちゃったりするほどなので、今年は少し残しておこうと思ったり、鬼なんてトランプやアベよりよっぽどましじゃんと思ったりで、あまり我ながらまき方に迫力がなかった。第一こうやって、鬼を追い出すのなんか、トランプの入国禁止みたいじゃないかと思うだけでも、やる気がかなり失せた。

第一、わが家の台所には、鬼が鎮座ましましている。
これは田舎の古い方の、今では人に売った家の玄関に、私がものごころつく頃からずっとかかっていた相当大きな鬼の面で、由緒あるものかと思っていたら、母がいつか話したことでは、うちに昔いた親戚の若い青年がどっかで買って来たものだとかで、別に先祖代々のものとかではないらしい。金色の角が生えて、口は耳まで裂けていて、大変恐ろしげな顔ではあるが、私にとっては子どものころからおなじみだった。家を手放すとき、はずして持って来て、どこにかけようかと迷ったが、結局台所の神棚の横につるしたら、わりとしっくりはまった。玄関からドアを開けて入ってくると真正面に見えるので、従姉の娘さんなどは、ちょっと恐がっていた。

今私がしゃかりきで片づけて、これまた誰かに買ってもらおうとしている、新しい方の家(と言ってもいつの間にか、もう築10年になった)の玄関には、何年か前に湯布院の山の上のギャラリーで私が買った、木彫りのおたふくだかおかめだかのお面がずっとかかっていた。どこかの芸術家が作ったようで、そら豆のような形にゆがんでデフォルメされているのが、おしゃれな感じだった。
ずっと最後まで家を守ってもらおうと、かけっぱなしにしていたが、そろそろよかろうと、先日これもはずして、こちらに持って来た。しかし、これもまた、なかなかかける場所がない。何しろこちらの家も新旧二軒あるのだが、どちらの玄関にも友人が海外から買ってきてくれたアフリカの仮面とか、私がニュージーランドで買ったマオリの仮面とか、同僚からもらった天狗の面とか、あらゆる魔除けの像が並んでいる。
迷ったあげく、おたふくの面は、台所の鬼の面のわきにくっつけて、かけて見たら、これが案外よかった。なので、うちの台所では鬼と福が仲よく並んで、鬼はにらみ、福は笑っている。福の顔は曲がっているので、何となく唇をとがらかして、鬼にキスしようとねらってるようにも見える(笑)。

◇今日は美容院に行った。美容師さんと、トランプの話で盛り上がった。彼は「トランプは4年もたないんじゃないか。あれはもうヒットラーと同じだ」とか怒っていた。彼は多分40代だったと思うのだが、その世代ではまだヒットラーはゆらがぬ悪として受け止められていたのだと、少しほっとした。もしかしたら、そろそろ今の若い人たちの中では、ヒットラーが悪と言うのは常識でなくなりつつあるのではないかと、思いかけてたところだった。
宇佐市がトランプの就任を祝う行事をして、板っきれの手作りトランプを重ねてトランプタワーなるものを作ったという話には、彼も大いに笑った。

◇2月分の九条の会のチラシを書かなくてはいけないので、そろそろきちっと、トランプのことを考えてまとめなくてはいけないと思っている。

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カツジ猫