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優しさは取り扱い注意

昨日は私には見せられてもどうしようもない、被災地の報道ばかりで、しかたがないので、DVDの整理をしていた。したらばホークスの去年の優勝を記録した「ホークス・スピリッツ」が出て来たので、つい見直してしまった。
 そんなに前のことではないどころか、たった去年のことだから、なつかしいより、ついこの間という印象だった。こういう記録映画は、案外作りにくいもので、編集の上手下手で大きな差が出るのだが、そういう点でも、めりはりがついた、名作だと思った。これはその前のWBCの記録映画などもそうだが、監督(映画の方の)の力量によるのだろう。

ホークスの映画

この時期にこんなことを言ったらホークスのファンや関係者から首を締められるだろうが、もし万が一、優勝ができなかったとしても、こういう映画は作ってほしいなと思ってしまう。上に上げた映画はどれも、感動的なハッピーエンドで優勝や日本一や世界一で終わって、それはそれでとてもいいけど、いくら工夫しても最後はどれも少し似た感じになる。それでちっともかまわない何度でも見たいとファンは言うだろうけど、たまには悲劇的な結末で、でも美しく感動的なラストでしめくくれれば、それはそれで名作になるのではないだろうか。むろん、それは別にホークスでなくてもいいわけで、日ハムでも西武でも巨人でも阪神でも中日でも、どこでも作れるし目指せるわけで…って、あ、今私、全12球団を、きっと敵に回したな(笑)。

でも今「敗者の日本史」というシリーズの本を読んでいるのだが、日本人って義経やらヤマトタケルやら不遇の悲劇的な英雄の話が好きなんだよね。高校野球でも準優勝や敗者の方が人気があったりする。私の同級生の男子が私の母に、昔「おばちゃん、おれはどうしてもわからん。何で三沢高校の太田ばっかりが、あんなにほめられるんや。勝った方の投手がえらいのに、もっとほめてやればいいのに」と言って、母も大いに賛成して、二人で何だか悲憤慷慨していたのを覚えている(笑)。

そのくらいだから、惜敗したチームの記録で、名作映画を作れそうなものじゃないか。悲劇的だが心を打つ「栄光のバックホーム」だって、個人的には敗北の記録でしかないのに、だからこそまた、あれだけ多くのひとたちに愛され感動されたのだから。
 もちろん、それはそれだけの、チームや選手や監督に真剣な活躍や強い魅力がなくてはならなくて、それもまた難しいのだろうけど。新庄監督とか、がんばってくれそうでもある(それもそれで恐いが。笑)。

いや、不吉な話はこのくらいで、「ホークス・スピリッツ」に話を戻すと、今シーズンは大活躍で(とうとう打率が三割になったらしい。すごい)柳田選手が、去年は怪我であまり活躍していないこともあって、その代わりに中村晃選手や今宮選手が、まだまったく衰えを見せずに第一線の戦力のなかにいて、若手ともみくちゃのひとかたまりになっている。
 今年だって二人は充分活躍しているけれど、未熟で荒削りではあっても若手選手たちが台頭し、近藤、栗原、牧原、周東選手あたりがもはや中堅になってる中では、やはり一歩引いた存在になっている。二人の能力や人柄は最高だと思うけど、どういうか、激しい競争の輪からはちょっと外れた存在になっているのが否めない。それが去年の記録映画を見ていると、実感として肌でわかる。

ついでに今、打撃投手の浜涯泰司氏の書いた本も読んでるのだが、えらそうなことはまったく言わず、わからないことはわからないと言ってる雰囲気が、とても快くて、かえって信頼して読める。担当の選手に関する記事も多くはないが的確で、柳田選手がふだんの雰囲気とちがって打席に立つと恐いほど別人のように集中してくるとか、近藤選手や柳町選手のバットコントロールのすごさとか、栗原選手がいつも近藤選手の横にいて打撃を学ぼうとしているとか、周東選手は調子のよしあしが、わりとわかりやすいとか、小久保監督がすごく練習熱心でストイックだったとか、いろいろなるほどと思うが、その中で中村晃選手の打撃のすごさについて長く語っている。本当にすごい選手なのだということが、身近な裏方の人の評価からも伝わる。その他のいろんな映像や資料からも、人間としての見事さがわかる。

今ホークスは疲れもあるのだろうが、ちょっと以前より負けが増えていて、それは小久保監督が引退表明した中村選手やベテランの今宮選手を代打や代走に登場させて、それが結果を生まないこともあるのが印象に残って、ファンは小久保監督に怒っているし、ベテランの花道を作ってやる余裕なんかないと罵っている。中村選手や今宮選手の華やかさや偉大さをよく知っている古くからのファンほど、こういう使われ方に悲しんだり怒ったりしているようだ。

私にはわからないけど、そこは難しいところなんだろう。こういうベテラン選手たちのプレーだけではない、日常のチームへの貢献は、あまり詳しくない私でもよくわかる。彼らの力を尊敬し、発揮させて、まだまだ皆に見せてやりたいと思うのは、監督だけではないだろう。

少し前にホークスが凶暴なくらい強くて、敗ける気がしなかった時期、いつも見ていて感じたのはチーム内の競争の激しさだった。試合の勝利が確実になっても、誰一人気をゆるめないし手を抜かない。チーム愛もあるだろうが、ライバルがひしめく中で、敵は仲間の同僚で、その争いが試合の最後の最後まで続く。相手チームなんか眼中にないぐらい、同じポジションの味方に勝とうと誰もが意識している。相手はたまったもんじゃないと見ていて感じた。「平家物語」で平家を滅ぼした源氏(敵より味方が皆ライバル)の戦闘は、こんなものかと、つい思った。

でも、これまたまったく私の印象だが、誰もが好きで尊敬しているベテラン選手が登場すると、その緊張がふっとゆるむような気がする。敵や相手以上に、味方をばりばり食い合おうと目を光らせている闘争心が、ちょっと消えて、尊敬し愛する(そしてもはや自分のライバルになることはない)大先輩たちへのなつかしさや敬意が、優しさと愛情を広がらせ、その分相手を「死体蹴り」(すげえ言葉だが)してでも、自分の成績を首脳陣にアピールしようという、すさまじい気迫がどこか少しだけ薄らぐように見える。すかさずそこを、窮鼠みたいに必死な相手につけこまれる。そんな様子が、どことなくある。

トレードその他で新しく入った選手たちや、(なんかもう、いつもながら、やることが的確すぎて、恐い反面笑ってしまう)周東選手が面と向かってクソガキと呼んでる(それをおとなしく受け入れているようなのが、こっちもこっちで恐い反面笑ってしまう)前田悠伍投手などは、そんな思い入れが少ない分、あまり影響されないのかもしれない。

しょうがないんだろうなあ。そこは難しいんだろうなあ。と、妄想かもしれないが勝手に同情して見ている。監督がそこをどう調整し、去って行く人への暖かい尊敬と、若手の荒々しい生存競争のエネルギーとを、バランスを崩さず両立させて行くのかは、きっといろんな能力が問われるんだろう。

そう言えばベテランでも今年の柳田選手は何と打率が三割になったりして、そういう優しさや懐かしさを仲間が感じるどころじゃないのが笑える。先ほどの打撃投手の浜涯さんの本だけれど(聞き書きでまとめられたものらしいが、読みやすくわかりやすい。そのことをちゃんと前書きで書いておられるのも好感度が増す)、短い文章の中でも、柳田選手の人柄がよく伝わって大笑いした。浜涯さんは何気なく正直に語られただけだろうけど、「あまり何も考えていないような印象があるかもしれませんが」とか「何かを考えたり試したりしているのは間違いないのですが、キャラクター的に何を考えているのかまではわからない」って、そんなあなた。でも最高(笑)。

こっちも、おまけ。

そして、柳田選手が衰えたらどうしよう、どんなに悲しいだろうという心配はときどきファンサイトで見かけたが、今はそれはもちろん影をひそめ、その一方でまだまだ若い周東選手が、「この走力が見られなくなったら、どうしよう。今から恐くてしかたがない。きっとその日が来たら泣く」とか「このセンターの後継者を作っておかないと、いなくなった時に大変だ。でも十年や二十年は出て来そうにない」とか、嘆いたり恐がったりする声が、ちらちら目につく。どっちかというとまだ全盛期なのに、今からこんなに取り越し苦労をされる選手もあまりいない気がする。ご本人もくすぐったいだろう。役割や存在がただの強打者とはちがう特殊性だからか、俊足選手は命が短いという印象があるからなのか、どことなく太陽や月というより稲妻っぽいからだろうか(笑)。

昔使った授業ノートで、文学の中の役割分担について考察したときも感じたが、「特殊能力タイプ」って人気が出やすい。周東選手の場合はこれに加えて「女子供タイプ」や「華やかタイプ」の要素もあるから、なおさら、代えがきかないとファンが思うのかもしれない。ちなみに中村選手は「特殊」「素朴」、柳田選手は「華やか」「道化」、栗原選手は「リーダー」「道化」、牧原選手は「特殊」「道化」に近いのかな。それぞれに他の要素もありますが。

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カツジ猫