1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. 寝起きのチューリップ

寝起きのチューリップ

今朝は少しだけ早く起きて、庭に出たら、チューリップはお目覚めかけていて、まだ、つぼみのままのもあった。これなら、まだしばらくは咲き続けてくれるかな。周囲の草をむしればもっと見よくなるんだろうけど、そうすると花も倒れそうなのでね、このままそっとしておこう(笑)。

「断捨離」シリーズの校正を進めていると、しんきくさくなるので、合間にテレビを見ていると、あいかわらず、ろくな話がない。トランプ大統領は、イランのインフラを破壊するのを記者に、いいんですかと言われて「やつらは動物だ」とか言ってるし。こんな発言、この時代に許されてもいいのかよ。動物はあんただろ。というか、そもそもそれは動物に悪いか。

あげくのはてに、ご自分のSNSにイラン爆撃か何か知らないが、変な日付と時刻だけ記してそのままにするとか、トイレの落書きなみの政治活動して、ほんとにこの人大丈夫かよ。

日本の国会では高市首相が、野党の普通にちゃんした質問に、いきなり「その手は桑名の焼き蛤」だと。この画像です。脱力しかない。いやもう、無理に気の利いたつもりのことしないで、普通にまじめに答えりゃそれでいものを。

これでも人気があるところにはあるらしいから、どこが魅力か理解しようと私も努力してるんですがね。私の身近で聞いたのでは「話がわかりやすい」とか「女性だから板坂先生は支持しておられるかと思っていました」ぐらいかな。でも、わかりやすいのは、そもそもわからなくちゃならないような内容が何も存在しないからだし、ちょっと立派でしっかりした男性ほど、女性を高く評価しなくちゃいけないと思う傾向が、この十年か二十年かの間に広がっているのには、ありがたいけど、心も痛むのよね。

高市さんの態度を見ていると、最近は女っぽさを封印して、クールな口調で、さらっと最低限のことしゃべって終わることで、デキる女風を演出しようとしているようだ。

当面はこれで無難かもしれないけど、あくまでも当面の一瞬だ。言っちゃ何だが、ちょっとでも記憶をたどる能力さえあれば、彼女の言うことに説得力など何もない。出たとこ勝負のその場しのぎ、認知症の老人を満足させる処方や介護方針としてなら、正しくてばっちりだろうが、「でも、あの時は」「それで、あの話は今」とか、時系列とか首尾一貫とかを気にし出したら、一つも成立しないほど、ことばのすべてが、賞味期限が短く、秒で雲散霧消する。消費税にしても、石油対策にしても。

あと、予算が成立しなかったことに関連してだったか、何であの時期に衆院選挙(もどき)をしたのかと聞かれたら、「1月は被災地に思いをはせて静かに過ごしたかった」とか、もうその場で考えてるんじゃないか。果たして、「じゃ3月に何で国会やってんの」と、つっこまれてる。あのさ、すかすかの議論や論戦していると、相手や周囲も私たちも、皆つられて、雑なバカになるんだよ。もう恐くってしかたがない。

そう言えば日米首脳会談でひとつ言い忘れていたっけよ。高市首相は何日目かにトランプんさんの息子か何かの結婚か就職か(もうこっちも、どっちでもいい気になってる)のお祝いに「お父さんやお母さんに似て、ハンサムだと思いますが」とか言ってるんだよねたしか。

ちょうど日本シリーズのころで、ワイドショーでアナウンサーやゲストたちが、NBCの某選手(笑)を足が長い、スタイルがいい、イケメン、立ち姿がきれいとかほめるのに、「あのー、この時代にそういうこと言っていいかどうかわからないですけど」「この時代にあれだけど」と、ものすごく用心しながらひかえめに発言してたのを、私は「えー、時代はそんなことになってんのか、すごい」と、あまりのルッキズム警戒意識に思わず笑ったぐらいだった。行き過ぎもあるかもしれんが、世の中はそうなってる中で、なーんの警戒もなく世界的にこんなことを「ごあいさつ」として言う首相に、確信犯とも思えないし誰かとめろよと、何で私がと思いつつあせった。

遅れてるとは言わないよ。でも、あまりにも知らなすぎる。
 信念もなくて、強いもの基準で右顧左眄するなら、せめてアンテナだけでも磨いとけよ。アンテナしかない生き方してるんならさ。

いかん、もう、面白すぎてとまらなくなる。面白がってる場合じゃないのに。

話はまったく変わりますが、昨日またスーパー裏の川岸の桜を見に行きました。
あいかわらず花はきれいで、人は少なく、散り始めた花びらも素敵でした。
 今回はちょっと笑ってみようかと、自撮りで工夫していたら、通りかかったおじさんが、いい写真がとれますかと話しかけて来ました。ここの桜は本当にきれいだけど、知ってる人は少ないようで静かでいいとか、散るころがきれいだから、いつも今ごろ来るとか、見ると命が延びるとか、いろいろ話して、また来年お目にかかれるといいですねと言ってお別れしました。

突然話しかけて失礼しましたと、とてもていねいな方でしたが、それでも声をかけて来られたのは、やはり花びら混じりの風がうずまく、静かな中にも浮き浮きした空間のせいだったのかもしれません。
 おじさんを見送って、ふと気づくと、少し離れた川岸の草の中で、かなり大人数の家族がシートに座って、子どももいるのに騒がしくもなく、楽しそうにひっそり食事をしているようでした。

Twitter Facebook
カツジ猫