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新入生に配った九条の会のちらし

◎この前の入学式に大学の門の前で、九条の会の人たちが配ったちらしに書いた私の文章です。私はまた参加できなくて申し訳なかったのですが、当日はいろんなところがチラシやビラをまいていて、大変だったそうです。でもそのせいもあったのか、受け取る人が多くて、300枚用意していたチラシが途中でなくなったと言っていました。以下の文章です。

◎コピペの集合ではない人生を
 むなかた九条の会世話人代表 板坂耀子(福岡教育大学名誉教授・国文学専攻)

 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
 このあたりでは桜が昨日いっせいに咲きました。入学式には散り始めるかもしれませんが、これから数年、キャンパスにゆれる花の波を楽しんで下さい。
 私が大学に入ったのは、もう五十年近く前になります。卒業して大学院に入った年、学園紛争で大学はゆれ、授業は中止になり、学生の作ったバリケードで大学の建物は封鎖されていました。対立する考えの学生グループどうしで乱闘も起こり、先生方が学生に暴力をふるわれることもありました。
 大学の近くに住んでキャンパスに出入りしていても、私たち学生や院生の多くはその大学で何が起こっているのかわからず、新聞で状況を知る始末でした。その場にいても目の前に見ていることがわからないこともあるのです。
 親しい友人や尊敬する先輩と突然敵対することも珍しくなかった毎日、誰もがどういう立場をとるのか、誰の主張を支持するのか自分で決めなければなりませんでした。
 そんな時、私が困ったのは、たとえば「学生が先生に暴力をふるった」という話が、見ていたり関わったりした学生や先生それぞれでまったくくいちがうことでした。「ちょっと壁に押しつけただけ」「めがねが割れて血を流していた」など、同じ事実を見たはずなのに、私の信頼する人たちが、それぞれ正反対に近いことを真剣に伝えてくれるのです。そんなことが、よくありました。
 学園紛争はまもなく終わり、授業は再開されました。けれど、私はその時に、どんなつまらないことでもいいから、絶対に確実に「これだけは確かだ」と自分で信じられ、人にも伝えられることを、たとえば江戸時代の本に書かれたたった一行の文字についてでもいいから、持ちたいし、持たなければいけないと思いました。新聞、テレビ、政府、家族、恋人が言うからではなく、自分の手と目と頭で調べぬいて考えて、「今の時点では、これしかない」と言うことを、どんなささやかな事実でも言いきれるようになりたいと。それを少しずつでも積み重ねていきたいと。今もなお、それをめざして生きています。
 就職したり、家事をしたり、家を建てたり米やイチゴを作ったり牛を育てたり髪をカットしたり商品を売ったりする道を選んだ人たちは、そういう生の体験を通して、何が真実かを知る方法を自然と身につけて行くでしょう。でも大学に来た皆さんは知識と思考の訓練を通してそれを獲得する道を選びました。
 どうか、誰もが言うからとか、自分に快いからとかで決めるのではなく、資料収集、実験、調査、検証、考察などの手段をつくして、事実を確認し真実に近づくことを明日と言わず今日からでも始めて下さい。それを恐れずに皆の前で言えるか、うまく人に伝えられるかは、大切ですが、また次の問題です。まずは自分で、これだけはまちがいないと思えることを手にすることをめざして下さい。何よりも、あなた自身のために。そして、他のすべての人たちのために。

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カツジ猫