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映画「放射能廃棄物」

いやはやいやはや。
 これもう、何年も前に書いたDVD、その名もずばり「放射能廃棄物」の感想なんですけど、今こそ絶対読んでほしいと思ってしまった。自分で書いて忘れていたけど(笑)。

特に最後のベルナール氏のことばだけでも、見ておいてほしい。今こそ。今こそ。

だけど何だか、今これを見ると、日本政府と東電のやってることよりまだましかって思っちゃうのが、とことん救われない。いや基本は同じですけどね、醜悪に劣化して雑になってるって感じなのよね。

ところで最近さっぱり見ないから、滅びたかと思っていた例の変なコメントだが、ときどき道に迷った幽霊みたいにふらふら現れる。それもあいかわらず変な上から目線で、ずれまくった古臭い指摘ばかりして、反論もできないやり方で貼りつけてくる。これはもう犯罪ではないの。それもチンケな。
 前にも書いたが私の母は、たとえ匿名で発言するときでも、必ず批判した相手が反論して来られるように、自分の連絡先を明らかにしていた。それが発言する時の基本の基本のルールだと母は考えていたようだし、私もそれに従って生きて来た。
 こんな一見、公式めき客観めいた見解を、自分の居場所も明かさずに遠吠えしている発言なんて、自分自身の面汚しでしかない。

高校野球は慶応学園の優勝で終わったのか。母がさぞかし喜んでいることだろう。元早稲田実業の斎藤佑樹選手が、行き過ぎではないかと批判もあった、ものすごい慶応の応援について「早慶戦ではあれが普通です」とどこかで書いてたようで笑った(解説で語っておられたのか)。
 そう言えば九十八歳で亡くなった母は最晩年には相撲も野球も、「もう知っている人もいないし」とテレビを見てもあまり興味を持たなかったが、斎藤佑樹選手が甲子園で登場したときは、「ハンカチでこうやって汗を拭くのよ」と、まだマスコミがとりあげる前から、すぐに私に教えてくれた。思えばあれが、母が高校野球についてしっかり話題にしてくれた最後だったかもしれない。

母は大正7年生まれ。慶応の前回の優勝は107年前(大正5年)とのことだから、うーん、母もまだ生まれてなかったのか。それはたしかに、すごすぎる(笑)。
 そして母が生きていたら今百四歳か。亡くなってからまだ案外時間がたっていないのだな。第一、全然いなくなった気がしないのだが、まだ(笑)。
 母が残した野球選手のフィギュアを窓辺に飾っていたのだが、決勝も終わったことだし、そろそろ片づけて、十五夜仕様に変えるかな。ちまたではもうハロウィンの飾りが売り出されているようだし。

十分ほど前、音楽番組をぶったぎって、NHKがけたたましくJアラートを叫びだして、いまだに同じ文句をせっせとくり返している。沖縄だけが対象らしいのに。どうせ朝までこうやって叫びつづけて非常事態の演出にこれつとめるのだろう。そのごたごたにまぎれて汚染水を流出しちまうつもりかね。

おやおや、もうミサイルは通過して太平洋に行っちまって、避難の呼びかけは解除だとよ。それでもまだ、しつこくくり返してるのはまったく何のためなんでしょう。「ミサイルが通過したあとでも、不審な落下物には気をつけて下さい」って、それより核の廃棄物処理施設の建設や、汚染水流出や、発信人不明のえらそうなメールの方が、よっぽど危険じゃないかいな。「危険ですから決して近よらないで下さい」って注意は、こういうもののためにあるんだろうに。

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カツジ猫