昭和44年の九大卒業式
昨日ちょっと書いた、私が大学を出る時に中止になった卒業式の話ですが、こんな書類が見つかりました。読めますかね、字がもう薄くなっているけれど。クリックしたら大きくなりますので、やってみて下さい。
更に詳しい事情説明は次の通りです。文部省と話し合いがつかなかった結果ですが、さすがは当時の大学という気概や気骨がほの見えます。
大きな紙なので、二枚にしました。後でうまく処理できたらもっときれいにしますが、当面はこのままで。
なお、この時もらった卒業証明書。まあよくあることなんですが、私の名前の「耀子」の字はまちがってるし、あわただしさがにじみ出ています。
普通の卒業証書は多分その後送ってきて、どこかにあると思うんですが、怪しいな。というのも、実は私の書庫の掃除をして下さっていた方が勢い余って、いろんな古い本や資料を最近全部処分してしまわれて、気づいて途中でとめたのですけれど、もうかなりのものがなくなってしまいました。私のいろんな賞状や小学校の通知表なども破いて捨てて下さっていたから、その中に卒業証書もあったかもしれない(笑)。
ちなみに、上の紙がくしゃくしゃになっているのは、これ他の重要書類とともに丸めて燃えるごみ袋に突っこんであったのを、私が袋を全部開いてクリップ一本、つまようじ一本にいたるまでひとつ残らずチェックしつくして見つけた資料の残りの中から出て来たものです。何だかねえ、映画「アレクサンダー」の中で語り手やってたアンソニー・ホプキンズ演じるプトレマイアスが作った巨大な古代図書館(アレクサンドリア図書館)の膨大な資料が結局全部破壊されて何ひとつ残らず、当時の資料は、どっかの剥製のワニの中の詰め物から見つかったものしかないという話(たしか曽野綾子さんのコラムで読んだ)を思い出して、妙な笑いがこみあげて来ます。
もちろん、こみあげて来るのは笑いだけじゃありませんけどね。
サルマ・ハエックが主役を演じた「フリーダ」という映画は、事故で障害を持った女性画家の力強い一生を描いた作品ですが、フリーダはその中で、生涯ずっと日常でも絶え間なく襲って来る苦痛について、「それも慣れれば喜びになる」とか何とかものすごいことを言っています。そして実際そうだったのか、彼女の絵のすべてには、あふれんばかりの生命力と明るさと力強さがあり、暗さや悲しみの影はありません。神様は、いろんな人間から生命力や明るさを少しずつ徴収して、その分を皆彼女に注ぎ込んだのだろうかと疑いたくなるほどです。
ここ数日、ごみ袋を整理しながら、自分の心の痛みを感じる部位というのが、こんなにいくつもあったのかと純粋に驚いています。慣れて感じなくなったと思うと、またちがう新しい部分への痛みが生まれて、とめどがありません。半分死んだような状態で生きていますが、その痛みを感じては、ああまだ生きてるかと実感します。
ということは、喜びや幸福を感じる部位も、まだまだ限りなくあるということで、それをせいぜい開発発見するしかないですね。黄泉平坂でイザナギがイザナミに、「おまえが一日千人殺すなら私は一日千五百人産ませる」と言ったみたいに。
ちなみに、この写真も、ごみ袋の中にあった、母が取っておいてくれた私の母へのバースデーカードと、母がお盆の打ち合わせで私にくれたハガキの破片の一部です。コラージュして額に入れたら、なかなかきれいになりました。