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暗黒地帯。

◇築100年に近い(古民家になるのはいまいち)実家や、もう人に譲った亡くなった叔母のマンションや、その他もろもろの持ち家を片づけて来た(今も片づけている)私の家の片づけ方は、あまりにも特殊すぎて多分誰の参考にもならないだろう。死ぬまでにもうこんな体験をすることもないだろうから、自分自身の将来の助けにもなりそうにない。
これに限らず感じるのは、今、自分のやっていることのすべては、もう二度と生きている間にはやるヒマのない、これで最後のことばっかりで、最終的には死ぬことも含めて、一回こっきりの挑戦がほとんどだなあということだ。経験が蓄積されない領域に足を踏み入れはじめてるのが恐いよ(笑)。もうやり直しがきかないって点では、ちょっと愉快でないこともないが。

で、その私の片づけ方は、庭でも家でもそうなのだが、まずどこか一カ所に目をつけて、一部屋でも一角でもいいから、そこだけさしあたり、とことんきれいにして、居心地のいい空間を作る。そして、そこを癒しの休憩基地にしつつ前線や作戦本部にもして、全体を徐々に攻略して行く。もちろん、そうやってきれいにした空間はきれいなままに死守して二度と散らかさない。
実家の場合は、昔お手伝いさんが住んでいた、階段下の小部屋が最初の拠点基地だった。叔母の持っていた立派そうな書の額を壁にかけ、ベッドとテーブルをおいて天井からは木でできた蝶のモビールをつるして、新たに格子をつけて夏は開け放せるようにした窓を夜も開けて、庭の照明灯に浮かび上がる緑の木々をながめながら、くつろいで今後の策を練っていたものだ。まさかその片づけが10年以上にも及ぼうとは考えなかったけどね(笑)。

その部屋は人を泊める時にも「赤毛のアンの部屋みたい」と人気があった。今はソファと小テーブルしかおいていないし、家を借りている若い人と猫が使っているが、やはり私にとっては探検家の最初の上陸地点のようになつかしい大事な部屋である。

まあそんなことをしているからか、それが少しは功を奏しているのかさえ検証できないままに、片づけは遅々として進まないまま、母が老人ホームに入ったり猫たちがまあそれなりに寿命をまっとうして死んだりして、状況も少しずつ変化した。何より私も収入が減り年をとって体力も落ちた。
悪知恵だけが発達したのが頼りである(笑)。

◇ここ当面は、実家に荷物を運んでおいて、仕事場にしている町の家の方をとりあえず片づけようとしていた。前にも書いたが四月に三毛猫シナモンが死んで、彼女の生きている間に少しでも快適な家にしてやりたいと思ったのが励みになって、彼女が暮らしていた古い方の家の居間やキッチンや書斎が少しはきれいになった。
その後、五月に実家にあったベッド二つと、こちらの家にあったのとを入れ替えるという大事業をして、これもまあまあうまく行き、また少し家たち(などという言い方もすごいよなあ)がきれいになった。

こんなに家をわさわさ持っているのはすごく豊かに見えるかもしれないが、最近空き家問題が各地で起こっているように、古い家を所有しているなどというのは、何のステイタスにもなるどころか、むしろ介護問題と共通する経済的時間的精神的負担に他ならない。まあそこにはそれなりの楽しみもないことはないというのも、共通しているかもしれない。

◇で、先日私はある資料を取りに実家に行ったところが、見つけきれずにおめおめ帰った。そして確認したのは私は先に言った一点確保主義で、たまに訪れる人たち(管理や点検を依頼している近所の友人知人たち)が最低快適に過ごせるようにいくつかの部屋や一部分はまあきれいにしているにしても、その周辺はまだまだ限りない暗黒地帯で、一向に楽観は許されないと言う事だった。取りに行った資料も、そのどこかにのみこまれているにちがいないのだ(笑)。

それは、今いる町の家も同様で、こちらはかなりましとは言え、まだまだ手つかずの部分が多く、特に研究資料については、一日中かかりきりになって整理しても追っつかないぐらいの途方もなさで、まるでシベリアの雪原、インドの密林、エジプトの砂漠のような豊饒さ(笑)と混乱の極みである。
まあ、敵にとっては不足はないというか、それなりに腕も鳴ったりはするのだが。

でも、たいがいはこれまでに私も捨てたり人にやったり整理したりはしているので、紙袋や段ボールに入って残っているのは、さすがに一騎当千のつわものぞろい、開けて手に取ったら最後、ずるずる読みふけったり考え込んだりさせられるものばかりで、ああもう、こういうものの中にひたって一年二年が過ごせたら、もう家族も世界もどうなってもいいぐらい幸せなんだがなあ。くうう。

と歯ぎしりしつつ、おっかなびっくり開けた紙袋をひとつだけ何とか整理したら、まだセロハン紙に包んだままの小さな六角形の緑色した石鹸が出て来た。
学生がくれたお土産だったかなと思いながら、ちょうど小さくなっていた、カツジ猫のいる新しい家の洗面所の石鹸と入れ替えた。
小さすぎて商標も何もわからないのだが、使ってみると叔母がよく使っていて、私にも時々くれた資生堂の上等の石鹸の香りがする。六角形の形も同じだ。して見ると、これは叔母のマンションから持ってきた荷物の中にあったものだろうか。どこからどうしてあの袋にまぎれこんでいたのかはわからないが。

◇ところで私と同年齢の友人も家の片づけに苦慮しているが、彼女がよく嘆くのは「パソコンがおかしくなったり、エアコンが変になったりして業者を呼ぼうと思っても、散らかりすぎてて人を入れられない」ということである。
私も先日消えたメールを修復してもらおうと、昨日業者を呼んだのだが、その前に、そろそろ散らかりかけていた書斎のものを整理して(つうか、寝室に移動させて)掃除機をかけたら、さっぱりしたが、ぐったりした。
庭のカンナも、めでたく紫のガラスの花瓶にかっこうよくおさまって、台所もまあまあ見よくなった。

そんなこととは知らない業者のお兄さんは、午後にやって来てせっせと修復にとりくんで、なかなか難しかったようだが、結局ほとんどのメールを見つけ出してくれた。ずいぶん長くかかったので「時間をとらせてごめんね」と言うと、「いや、自分も勉強になりました」と言っていたが本当だったらいいけれど。合間に実家の方のパソコンを買い替える相談もして、こっちもなかなか助かった。

◇集団的自衛権、今国会の閣議決定はなさそうというので、ちょっと気をゆるめていたら毎日新聞が数日前に国会が会期中でなくても、首相が強行しか

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カツジ猫