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犬歯。

◇最近、仕事の間に読んでる本が、上の家では「れくいえむ」、下の家では「渚にて」。後者は核戦争で死んで行く人間たちの暮らしを描き、前者は第二次大戦の中で死んで行く少女二人を描く。どちらも悲しく優しく暖かく切ない。こうまで死の文学にひたされるのは大丈夫かって気もするが、逆にその分、私の現実が生命力にあふれているからかもしれない。

◇先日田舎に帰って、散らかっていた小部屋をきれいにした時、気分いいのでベッドの上で、本棚から引っぱり出した庄司薫の「僕の大好きな青髭」を読んだ。昔からこのシリーズ、あまり好きではないままに一応全部読んでいたのだが、この年になってじっくり読むと、それなりに楽しめて、何が楽しいかっていうと、どこが嫌いだったのかが次第にわかってくることだ。恵まれている者の残酷さ。女性特に醜い女性への軽蔑と嫌悪。傍観者でいることの罪悪感を逆手にとって主役になろうとするいさぎ悪さ(としか言いようがない)。不器用にまじめにがんばろうとする人たちへの嫉妬と羨望と、高みからの哀れみ。すっこんで高級車乗り回して、女性でも集団レイプしてなさいと言いたくなる。その方がまだ見てて気持ちがいい。

ただきっついのは、ここまで無自覚に無神経で嘘つきじゃないと思うけど、学歴とか成績とかそういう点では私の中にもきっと似た部分があるだろうなという実感と、そこそこ親しい人たちや学生たちの中にときどき見た、外見能力その他すぐれていることから来るのだとしか思えない、他者への傲慢さ残酷さを思い出して再確認させられることだ。

映画「山猫」の中で、大貴族のバート・ランカスターと、その甥のアラン・ドロンが、ちょっと身分の低い婚約者に買ってやった婚約指輪かなんかの宝石を「安物ですよ」と確認して、笑いあう場面がある。たしか荻昌弘の批評だったと思うけど、その場面の鋭い残酷さを指摘していて、そこで使われていることばだったか、自分の中で生まれたことばだったかさえ、今は区別がつかないけど、そういう時にそういう人たちがかいまみさせる「鋭いまっ白い犬歯」のような下品さを、自分の中にであれ他者の中にであれ、私はおぞましいと思う。

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カツジ猫