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色々と同感

キャラママさん

其の通りだと思います。少し又違う方面から話します。
「赤毛のアン」を書いたモンゴメリーの短編に「アンの友達」か「アンを巡る人々」の文庫に入って居たと思いますが「ロイド老淑女」と言う短編が有ります。孤独で金持ちと思われて居るけれど実は貧しい誇り高く偏屈な老婦人がふとした事から面識もない若い女性に色々な贈り物をし始める話です。
此の話は美しく人の心を打ちますが、大きな魅力の一つは此の老婦人が若い女性に贈る品物や事柄の様々が何れも最高に素晴らしく女性を幸福にする事です。

一人暮らしの偏屈な女性で買い物等長くした事の無い人が、例えば上等の洋服を町で若い女性の為に買うの等、普通だったら中々上手く行かず彼女にふさわしい服を選ぶのは困難な筈ですが、此の話では其れは自然に上手く行きます。其れこそ天の配剤の様に。そうやって、何時も彼女の好意は報われ、若い女性は最高の幸福を掴むのです。彼女は目に見えない贈り主に深く感謝し敢えて其れを知ろうとはしません。
此の話の有り得ない事は無いけれど有り得ない迄の幸運は、物語だけが紡ぎ出せる最高の幸福を与えて呉れます。他愛ない短編ですが私はとても好きです。

現実にも此の様に、此れに近く全てが上手く行く事は有ります。其れが此の世の素晴らしさ、生きて居る事の魅力です。ですが勿論そう上手くは行かない事も多いのが贈り物の常です。「めぐりあう時間たち」の第三話の現代のニューヨークに暮らす同性愛の女性同士のカップルでは一方が一方に贈ったプレゼントの数々が微妙に気に入られて居ない様で(余り身に付けて呉れない等)気を揉む描写が微笑ましいのですが、確か此れは映画には無かったですね。

其の様に贈った物が喜んで貰えるか役割を果たすか相手を幸福にするかは贈る側にとって常に心配な物です。相手が其れを当然の様に受け取って大して感謝もしない事も含めて。
最初にランドセルを贈った方は何処かのコラムで其の品物の選択が良いと褒められて居ましたが、其れも含めてこうした事に慣れて居られるか全てに於いて有能な方かも知れません。或いは全くこういう事に慣れない方が偶々最高の選択をされただけかも知れません。
何れにせよ、其の方も、其れに続いた方々も、其々に心を砕き悩まれ逡巡もされたと思います。其れは楽しい冒険で快い悪戯でも有りますが、其れなりに真剣で決断と勇気を要した筈です。

其の事を思い遣り力づけ、「貴方のした事は誰の迷惑にもなって居ないし間違って居ないし与えられた人も其の話を聞いた人も幸福にして居ますよ」と言う言葉をかけて差し上げる事が、思い切って此れだけの行動に出た方々の疲れや不安を癒すには必要だったと私は思えてならないのです。
そんないたわりや気遣いが、この間の報道や発言の数々には全く感じられませんでした。
一体報道関係者や有識者の方々は、贈り主の方々をどの様な人と想定推理して居られたのでしょう。物好きで暇人で思い上がった偽善者もしくは得体の知れない変人で不気味な奴、そんな存在に対する敵意と反感さえ私はずっと感じ続けました。
そこまで行かなくても、贈り主を思い遣りいたわる必要等誰も感じて居なかったとしか思えません。こんな事をする余裕の有る人は恵まれて居る人、強い人、幸福な人、自分達が思い遣ってやる必要等全く無い人と無意識に決め込んで居る様子さえ有りました。確かにある面幸福で恵まれた方々には違い有りませんが、守る必要もいたわる必要も有る訳がない強い存在として、傷つく訳がない対象として贈り主を扱う感覚に私はむしろ慄然とします。

此れは御年玉を当然の事として要求する感覚にもどこか似て居るのかも知れません。
御年玉でもそうですが、物を貰い恵まれる側(其れは受け取った当事者だけで無く、其れを知った人々全てを含みます。私は此の様な恵まれない方々への贈り物は自分も頂いた側だと自覚致します)にも其れなりの品位が有って然るべきでしょう。今回の報道や発言に一貫して流れて居たのは、其れが欠落した浅ましさでした。

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カツジ猫