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落っこちる櫛

先日の豪雨のとき、しばらく停電したのですが、その後で電気温水器のスイッチを入れ直すのを忘れていて、二日ほど前にお湯がなくなって水しか出なくなりました。
あわててスイッチを入れ直し、うちの温水器は夜中に沸く設定なので、もう大丈夫と思って寝たら、今朝もお湯がからっぽ。使用説明書類をまとめて放りこんでる箱をひっくり返して説明書を見つけ、時計の設定をし忘れてたことに気づいて、何とか時間を設定し直し、さてどうなるかと思っていたら、さっきめでたくお湯が出ました。やったぜ。

おかげで二日間風呂に入れず、しゃあないからひと月あまりサボってたジムに出かけて、お風呂だけ入って来ました。神か仏かご先祖さまが、ジムに行って運動させるために強硬手段の荒療治をしたのかな。そろそろジム行きを再開しよう。

風呂に入って快適な帰り、先日本屋でちらと見た湊かなえの「ユートピア」の文庫本が変に読みたくなって、森絵都の「みかづき」といっしょに買ってきました。読んでない本が山ほどあるのになあ。一気に読める軽いものが欲しかったのよ。

「ユートピア」は悪くなかった。この作者は人間の醜さを描くというのが売りになってるようで、本人がそれに囚われて、そういうものを書かなきゃと思ってやしないかと、ちょっと心配になることがあるのだが、この作品はそんなことなく、むしろ暖かくてほほえましくて、いらんおせっかいだろうが、作者のためにほっとした。

こういう、何かのレッテルを貼られて期待されてる人を見ると、私はいつも、宮本百合子の小説(「伸子」三部作の「二つの庭」と「道標」のどっちか、多分後者と思うんだけど)に痛ましい天才として紹介されてたピアニストの女性のことを思い出してしまう。実在の人なんだろうが、すごくパワフルにピアノを弾くので、髪にさした櫛が飛んで床に落ちたのだが、毎回そればっかりが注目されて、皆が櫛の落ちるのだけを期待して演奏を聞くようになり、だんだん演奏もだめになっていくという、笑おうにも笑えない悲惨な話だった。

たとえば湊かなえが、いつも人の恐ろしい暗黒面をさらけ出す、後味悪い小説を書く人という、すごく狭い定義でまとめられてるのを見ると、そんなにものすごく好きな作家というのでもないのに(まあ嫌いじゃないけど)、心配で胸が痛くなってしまう。そんなものを気にしないで、気にしないように意識もしすぎないで、編集者や読者の暴力に負けないで、成長発展してほしいと、おまえは何様だというような心配をしてしまう。

それでも、ネットの感想を見ると、「いつもの後味の悪さがいい」みたいな批評が多くて、ため息が出る。先入観とレッテル張りって本当に恐い。この小説に描かれる程度の人間の醜さなんて、文学として普通じゃないの。むしろ甘くて優しいよ。登場人物全員も、それを描く作者の目も。

関係ないけど、たしかこの作者だと思うけど、一度ラジオで声を聞いたとき、少女のような甘いかわいい声だったので、車の中でずっこけた。似たような印象だったのが、精神科医の香山リカで、やっぱり非常にかわいい声としゃべり方で、ああ、これはファンが多いだろうな、中にはかわいさ余って変な敵意を持つ人もいるだろうなと、これまたおまえは何だと言われそうな変な心配をしたっけ。

「ユートピア」の、ものたりないところをひとつ言うと、意識的にやってるんじゃないと思うが、舞台となる田舎町の描写がものすごく少ない。地元の人が気づかないで、よそから来た人が魅了されるという、その海辺の田舎町の風景と魅力が、ほぼまったく描かれてない。この内容なら、人間以上に、この地域とこの町が主人公にならなくちゃいけないんじゃないだろうか。それが、とてももどかしかった。

博多座で、小林多喜二を描いた喜劇「組曲・虐殺」(井上ひさし)がかかるので、どうせそんな有名な作品じゃなし、席はがばがば空いてるだろうとたかをくくって、発売数日後に注文しようとしたら、もうろくな席は残っていない。何でよう!とびっくりして見直したら、何と五日間ぐらいしか公演しないのだった。しょうがないから、そこそこの席で手を打った。チケットとれただけでもまあいいか。

ちょうちょの写真は今日で終わり。一応全部ちがう写真だったのですよ。逃げないかなと少しずつ近づきながら撮ったので、これが最初に撮った一枚です。

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カツジ猫