ぬれぎぬと文学(未定稿)2-序章「アリバイ・アイク」症候群と三つのぬれぎぬ
あなたはどちら?
この本で「ぬれぎぬ」について語るさまざまなことは、きっと、「これは自分が書いたのではないか」と思うほど深く共感し理解できる人がいる一方で、「何を言いたいのか、何が言われているのか、まったく理解できない」と首をひねる人もいるだろう。前者はもちろん、後者のような人たちにこの本はぜひ読んでほしいのだが、自分はいったいどちらなのか、手っとり早く判断してこれから先をお読みいただくために、リトマス試験紙もどきに一つの小説を紹介してみたい。
弁解したがる野球選手
「失われた世代」と呼ばれる、ヘミングウェイたちの時代よりやや早くアメリカの大衆文学作家として活躍した、リング・ラードナーという人がいる。(註1)野球やボクシングなどを題材にして軽妙な悲喜劇を、巧みな会話を駆使しながら数多くの短編小説にした。
彼の代表作は、ある大リーガーの野球選手を主人公にした「アリバイ・アイク」という短編で、主人公の若手選手が何にでも言い訳をする癖があるため、そのあだ名の「アリバイ・アイク」は「しょっちゅう弁解ばかりする人」の意で辞書にも載せられたほど有名になった。
アイクはさわやかな好青年で、プレーヤーとしての実力も高いが、失敗したときはもちろん、うまく行った場合でも、あるいはそのどちらでもない場合でさえ、とにかく事実を正直に認めず、とにかくやたらに言い訳をする。好プレーをしてもエラーをしても「あれは自分の本来の姿じゃない」という内容の弁明をする。この小説は作者の他の多くの作品と同様、チームメイトの一人の語りで物語が進行する。
おれたちそのころ二週間ばかり練習やってて、投手のコンディションも上り調子だった。すると、あいつが入団してきてはじめて練習に出たんだが、バッター・ボックスに立つと、どんな投手もぶちのめして、みんなをアッケにとらせちまったんだ。それからケリーと一緒にレフトのほうでフライ取りの練習して、その日の練習が終ってからケリーはやつのことでおれに話しかけたわけだ。
「アリバイ・アイクのやつ、どう思う?」とケリーはおれに聞いた。
「誰のことだい?」
「外野のファレルのことさ(板坂註。アリバイ・アイクの本名はフランク・X・ファレル)」
「ああ、そうとう打てそうじゃないか」
「そうなんだ、だけどよ、あの男、打つほうも相当だけど、弁解や言いわけとなると、もっとすごいんだぜ」
こう前置きして、ケリーはアイクがどんな調子で言いわけをしたか説明してくれたんだ。はじめ、やつはフライをポロリと落しちまってすぐと、このグローブは新品で使い馴れないんでねえ、とケリーに言いわけしたそうだ。ところがケリーの見たところだとやつのグローブはキッド・グリースンの親爺の親爺ぐらい皺くちゃだったとさ。だけども次のフライがきた時はすてきな捕り方したんでケリーも思わず「ナイス・キャッチ」とか何とか言ったら、アイクまた弁解したね―こんな球なら後ろ向きになったままで捕れるんだけれど、走りだしたとたんに足が滑ったし、それに風向きが変ってすっかり騙された、とこう言うんだ。
「やっと球に追いついたのかと思ったがな」とケリーが言うと、
「ほんとなら球の下に坐りこんで待てるぐらいだったんですよ」だとさ。
「去年の打率はどうだったい?」とケリーが聞いた。
「シーズンの間ずっとマラリアに罹ってたもんでねえ。結局、三割五分六厘にしかならなかったんです」
「へえ、そんなマラリアならおれも罹ってみてえな」とケリーが言ったけど、アイクは気がつかなかったそうだ。(新潮文庫 ラードナー『アリバイ・アイク』)
他にも、チームメイトと遊んでいて先に帰るときには、その理由を正直に言わないし、素晴らしい彼女ができたときは、そのことを周囲に隠す。しかしまあ、そのどの場合にもまったく理由がないわけではないし、私たちもまた、成功してほめられたり失敗して責められたり、プライベートなことを探られたり幸福を祝福されたりすると、いくぶんかは否定したり拒絶したりするものだから、読んでいてそんなに不自然な感じはしない。やたらとそれが誇張されているのは、よくできたユーモア小説としてはむしろ当然で、快く笑える。
しかし、これもまた、よくできた喜劇がいつもそうであるように、あまりのとんでもなさに笑っている内、アイクのその「弁解せずにいられない」心理の奥底にあるもの、ひいては私たち自身の彼と共通する心情の根底にあるものが、ちらちら見えてくることがある。たとえば、恋人から来た手紙をチームメイトにそれと知られないようにしようとして、アイクの弁解が泥沼化する場面はこうだ。
それから三週間、アイクは毎日手紙を読んでたね。朝の練習が半分も終るころまでクラブ・ハウスに坐って手紙を読んでた。監督は何とも言わなかったよ。アイクの記録にご機嫌だったからな。だけどおれとケリーは閑さえあれば、その手紙の差出人をアイクに白状させようとしてた。ところがやつもなかなか降参しないんだ。
「何を読んでるんだい? 勘定書か?」とケリーが言う。
「いや、勘定書じゃない。昔の学校友達の手紙だよ」とアイクが言う。
「高校のか? 大学のか?」とおれが尋ねた。
「大学さ」
「どこの大学だい?」とおれが言うと、やつはちょっと返事をしぶってから、言った。「ぼくは大学へゆかなかったけど、この友達はいったんだよ」
「どうして大学へゆかなかったんだ?」とケリーが尋ねる。
「ぼくの住んでたとこには大学がなかったからね」
「カンザス・シティに住んでたんじゃなかったのかい?」とおれが尋ねた。
やつ、ある時はカンザス・シティに住んでたと言うし、ある時は住んでなかったと言う。一度などミシガンに住んでたなんて言ったことがある。
「どこに住んでたんだい?」とケリー。
「デトロイトの近くさ」とアイク。
「へえー。デトロイトといやあアン・アーバーの近くだ。アン・アーバーにゃあ大学があるはずだぜ」とおれが言う。
「ああ、あるよ。今はあるけど、あのころには無かったんだ」とアイクは答えた。(略)
「その友達、ずいぶん長い手紙を書くなあ」とおれが言った。
「ああ、選手のことを書いてよこすからさ」
「どこの選手だい?」
「南の方。テキサス・リーグさ―フォート・ウェインだよ」とアイクは言った。
「女の子の字みてえだぜ」とケリー。
「書いたのは女の子さ。ぼくの友達の妹が兄貴の代筆をしてるんだよ」
「その友達のいってた大学じゃあ、字の書き方を教えねえのかい?」とケリーが言った。
「もちろん書き方ぐらい教えるさ。だけど彼は鉄道事故で手を切断しちまったもんでね」
「いつごろ?」とおれが聞く。
「大学を出てすぐだったかなあ」
「じゃあ。そろそろ左手で書けるようになってそうなもんだな」とおれが言った。
「切ったのは左手さ」とアイク、「それに彼、左利きだもんだからね」(同上)
それなりの理由はそのときどきで確かにあるにしろ、アイクがこれだけすべてにおいて、徹底的に「そうじゃないんだ」と自分と自分の行動に対する他人の解釈を修正し、否認して、時にはとんでもない袋小路にまではまってしまうのは、なぜだろう? しかも彼は決して、「おまえに関係ない」「おれの勝手だ」などとは口にもしない。自分がそういうことを聞かれたくない、知られたくないと思っているというそのことさえ、彼は他人に知られたくないかのようである。
評価されたくない心理
彼はもしかしたら、何か事情があるからではなく、ただもう、ひたすらに他人から自分を解釈され評価され理解されること自体がいやなのではないだろうか。何かをしたときに、その理由を人に知られるのが、自分の欲望、自分の好悪を人に見せてしまうのが、たまらなく不安なのではないだろうか。正確に評価されること、完璧に理解されることは、彼にとっては何よりも耐えがたい恐怖で苦痛なのではないだろうか。
たとえば私の友人たちや私自身にも、「友人知人と談笑していて、トイレに行くのが恥ずかしくて、『ちょっとストッキングをはき直してくる』と言ってトイレに行く。ところが、実際にストッキングが破れてはき直すためにトイレに行くときには、それが恥ずかしくて、『ちょっとトイレに』と言ったりする」「バンドや野球チームなどで、自分の一番好きな人を皆に知られたくなくて、二番目に好きな人のファンであるふりをする」「よいことをするのを他人に知られたくない」「大切に思っているものほど粗末にあつかう」「自分の幸運も不幸も人に知られたくない」などという気分があって、これらも皆、広い意味ではアリバイ・アイク症候群だろう。文学作品の中であれ外であれ「ぬれぎぬ」を好む心理や心境を、支え生み出すもととなっているのは、きっとこういう、理解されるよりも誤解されることによって安らぎを得る精神だ。
現代の若者たちを描いた、次のようなさりげない一節にも、同じ精神は流れているだろう。ゲイの友人木川田源一の家に行き、彼の部屋を見た同級生の磯村薫の述懐である。
木川田横になって―ベッドの上に―そんで僕、「あー、こういう部屋に住んでんのかァ」って、そう思って部屋ン中眺めてた。オモチャ一杯あって―オモチャって、みんなブリキだけど―そんで部屋の中にヤシの木があって(これはビニールね)、そんで、榊原郁恵のペーパードールがあるんだ―薬屋の前に飾ってあるヤツ。「ヘェーッ、こういう趣味かァ」とか思ったけど、「まさか、榊原郁恵が好きなの?」って訊く訳にもいかないしサ―どうせ、榊原郁恵が好きだからって榊原郁恵のペーパードールを飾っとくような人間でもないだろうしサ、と思って、木川田は。(ポプラ文庫 橋本治『その後の仁義なき桃尻娘』中、「無花果少年 戦後最大の花会」)
「どうせ、榊原郁恵が好きだからって榊原郁恵のペーパードールを飾っとくような人間でもないだろう」と理解してくれている友人を持っている木川田君は、かなり恵まれているのかもしれない。
とりあげる三作品
さて、この本では話をわかりやすく進めるために、文学に登場する「ぬれぎぬ」を、それがどのような点で読者に魅力的かを基準として、
- 予期せぬぬれぎぬ
- 覚悟のぬれぎぬ
- 怒りのぬれぎぬ
という、三つの形式に仮にわけたい。更に、その三つそれぞれの例として、江戸時代の代表的な演劇の三作品「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」をとりあげる。いずれも人形浄瑠璃の脚本として書かれたが、現在では歌舞伎の演目としてよく知られているため、この本では歌舞伎の場面として説明する。(註2)
歌舞伎の場合、江戸時代も現代も、台本が上演のたびに微妙に、時には大幅にちがうのだが、ここでは比較的誰もが読みやすい創元新社の「名作歌舞伎全集」から引用する。したがって表記もすべて現代仮名遣いになっている。
また、第四章以降では、特に第一章で紹介する「予期せぬぬれぎぬ」の場合に、無実の罪をきせられた被害者たちを何らかのかたちで救おうとする、さまざまな援助者たちについて考えている。この人たちの払う犠牲や献身は、時に第二章で述べる「覚悟のぬれぎぬ」にまつわる問題と関わっていることもあり、それを考えてみることで、第三章までをより面白く読んでいただけると考えている。
なお、ミステリ以外の普通の小説や映画でも最近では特に若い人は、結末を知らされるのを大変いやがる。なるべくさけるようにはしたが、例にあげた歌舞伎の三作品と、「オセロー」「リア王」「告発のとき」「摂州合邦辻」「一九八四年」「われら」については、かなり結末にふれざるを得なかった。ご了承願いたい。
また、これは私だけではないと信じたいが、大学で授業をしたり新聞でコラムを書いたりすると、「○○だけは絶対にちがうからまちがえないように」と私が強調したことや、「こういうことは今まで一度もしたことがない」と書いたことを、「○○だということが、今日の講義でよくわかりました」とか「そういうことだけはしてほしくないと思いました」とか、いったいどうしたらそういう風に聞き間違え読み間違えられるのだろうと、ただもう呆然とするような反応のレポートや手紙がしばしば来る。それでなくても、この本にはあまり常識的でない話が多いし、しょせんそういうことは防ぎようがないかもしれないが、せめてもと思って、以下の各章の最後には簡単な「まとめ」をつけておくことにした。参考にしていただければ幸いである。
(註)
- リング・ラードナーの作品は『息がつまりそう』『微笑がいっぱい』『ここではお静かに』の三冊の単行本と、新潮文庫『アリバイ・アイク』が出版されているが、いずれも今は絶版。以下は新潮文庫の加島祥造の解説による。ラードナーは一八八五年生まれで一九三三年に四十八歳で没した。フォークナーが若いころに彼の作品を読みふけり、ヘミングウェイは彼をまねて習作を書いたと伝えられる。フィッツジェラルドとも親しい友人だった。百二十に達する短編を書いたが自身ではジャーナリストと考えていて、事実スポーツ記者として大活躍し全米で最も有名な一人だった。だが、死後には作家としてより注目されるようになり、一九七六年には息子の回顧録が、一九七七年には大部の伝記が出版された。アリバイ・アイクの語は一九六〇年に出た権威ある俗語辞典にも記載されている。彼の短編にはスポーツ選手や警官、映画監督など、さまざまな人物が登場するが、この時代の特色のひとちだった暗黒街の連中や無法者はひとりも登場していない。
- 江戸時代に新しく誕生した演劇は、操り人形が演じる浄瑠璃(現在は文楽とも言う)と、人間の役者が演じる歌舞伎である。(それまでの演劇は、能と狂言で、謡曲は能の台本である。また、「狂言」という用語は、「狂言自殺」のように、広い意味では演劇や芝居全体をさして使われることもある。)
江戸時代中期に浄瑠璃は、数人の作者が前、中、後の三部分を分担して執筆する合作制度を採用し、これが成功していくつもの名作を生んだ。現代でもテレビドラマが映画化されたり、その逆があるのと同様に、浄瑠璃の人気作はやがて歌舞伎としても上演され、それは「丸本歌舞伎」と呼ばれた。
現代ではあまり歌舞伎に関心がない人でも、比較的知っている「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」は、いずれも丸本歌舞伎で、もともとは浄瑠璃として演じられた。