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(79)年の終わりに

(チューリップ、花びん、大晦日)

ホワイトボードに残る文字

十二月十日が、祖父の命日だった。

猫や犬の命日はまめに何かしているのだが、人間の命日は、そんなに気にかけたことがなかった。ところが、がらくたを片づけている内に、叔母がマンションの台所にかけていた、小さなホワイトボードが出て来た。叔母の字でいろんな書き込みをしたのがまだ残っており、消してしまうのがためらわれて、そのままタオルにくるんで、どっかに突っこんでおいたのが、十数年ぶりに現れたのだ。
タオルをはぐと、文字はまだ皆きれいに残っていて、私はそれをそのまま、仏間代わりにしている小部屋の小さな仏壇の横にかけた。
そこに叔母が、祖父母の命日を書いていたので、いやでも目に入ることになったのだ。

祖母の命日は十月十八日で、そのときも花やお菓子を飾った。祖父も同じようにしようと、いつも行く花屋さんに行ったら、濃い赤のチューリップが数本あって、大変立派だったので、赤と黄のガーベラも合わせて買って、祖父の写真の前に飾った。
今年の冬はそれほど寒くなかったが、それでもエアコンをつけることが少ない仏間は、他の部屋よりも気温が低く、チューリップはいつまでもしっかりつぼみを閉じたままだし、ガーベラもいつまでもしゃんとしていた。
私は最初それで喜んでいたのだが、命日から一週間すぎ十日過ぎてもそのままで、ついにガーベラがくたっと首を垂れはじめたので短く切ってコップにさし、それでもチューリップが固くつぼみを閉ざしたままなのを見ていると、ちょっと気の毒というか不安になって来た。
その後で買って、下の家の暖かい台所においていた赤とピンクのチューリップは、昼間はぱかっと開き、夜はつぼみのままに閉じ、何度かそれをくり返しては、はらりはらりと花びらが落ちて、とっくに捨ててしまったのに。

固いままのつぼみ

そうこうする内、仏間のチューリップはつぼみのままで、葉っぱが黄色くなりはじめた。すでにもう、クリスマスは過ぎて、年の暮れも押し詰まっていた。
十二月の終わりには、母の命日もある。新しい花を飾らなくてはならなかったから、私はチューリップを短く切って、つぼみのままで、しおれたようになっているのを、これまた、たまたま古い荷物の中から、ひょいと転がり出てきた、丸い小さなあずき色の花びんにさした。

この花びんが、これまた古い。と言っても、由緒もなければ高価なものでもない。それがひと目でわかるような、どこにでもある、気軽なつるんとした肌をして、安っぽい白い筋が模様のようについている。ひょっとして私が買ったか、母が買うのを見ていたか、何かそうした思い出もかすかにうごめくような気もするが、まったく気のせいかもしれない。
覚えているのは、とにかくこの花びんが、私の小さな時から田舎の家のあっちこっちによくあったことで、家の中のあらゆる場所に出没していた。母が家庭訪問のときに、私の担任の先生が来る直前に、庭のつつじを切ろうとして走り回っていて、それを先生に見られたかもしれないと気にしていて、なぜなら先生は座るなり、テーブルの上のつつじを見て「きれいですね」と言ったからね、とか私に話したのも、多分この花びんにさしてあった、つつじの花だったのではないだろうか。
私は小学校のころから、図画は上手でなく、描かされるのが苦になっていたが、そんな中で描いた画用紙の下手な絵の一枚の中にも、この花びんがあったのを、おぼろに覚えている。

年越しの奇跡

それがちょうど見つかったから、チューリップを突っこんだのだ。そうしたら妙に似合って、しなびかけた花の姿もオブジェのようで面白かったので、私はつい、それをそのまま、暖かい下の家の台所に持って来た。もしかしたら散る前に一度くらいは、花が開くのではないかと、試してみたくなったのだ。
数日たつと、ドライフラワーのようにねじくれていたつぼみの一つが、微妙によじれて、少しだけ開き、そのままはらはら花びらが散った。開かないつぼみも、どことなく少し動いて、何かやろうとした気配は見えていた。

そして今夜はもう大晦日。チューリップは何となく、そのまま年を越しそうだ。
一応、新年用の花も買って、あちこちに飾ってある。しかし、このチューリップを捨てないでおいておくことに決めると、とっくにしおれて色あせた、水仙や、他の花たちも、もうこのままに、いっしょに年を越してやろうかという気になって来る。
新年まであと十五分。年越しそばも食べ終わった。
かくして今年は、みずみずしいフリージアや葉牡丹といっしょに、しおれて枯れた何本かの花々も、いっしょに年を越すこととなった。まあもうこんなことは二度とはあるまい。古い平凡な小さいあずき色の花びんが、ふっと起こした奇跡である。(2018.12.31.)

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カツジ猫