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いろいろと立ち止まって考えたいのに。

◇まったく、ゆっくりものを考える時間がないままに、4月に突入してしまった。
いろいろと、あせる。
私は行動しはじめると悪魔のように精力的だが、その前にかなりの期間、死んだように沈思黙考していることが必要で、この時間を与えられないと、すべての歯車が狂って恐ろしいことになる。
今がちょうど、その状態で、周囲も未来も何も見えない。

こんなところで連想するのは失礼だし冒涜だが、だからこの前の副操縦士が機体を墜落させたらしい、あの飛行機事故の話はこたえた。何だかもう、ひとごととは思えなかったのだが、誰の気持ちがわかったのかは自分でもよくわからない。
とっさに思ったのは、テロの犠牲で死ぬのはいやに決まってるが、ひょっとしたらそれ以上に、あんな個人の行き詰まりや悩みや絶望の道連れにはされたくないということだった。ドアの外から叫んでいた機長の気持ちを思いやると気の毒なんてものじゃなかった。もちろん事態を察知していた乗客たちだって、つくづく浮かばれないと思った。

しかし、妙な気分になるのは、今の私自身が何だかあの飛行機の機体のようなもので、整備不良もあるわけじゃなしテロリストというか思想的政治的に危険な存在がいるわけでもなし、機長もまともで有能なのだが、何かもう、どこかで何かをゆっくり考えさせてもらえず、どうしていいかわからなくなった部分があって、それがもうコックピットに閉じこもって聞く耳持たずに、そっとしておいてくれ放っておいてくれ皆いっしょに死んでくれみたいな状況で、しーんと静かに黙りこくったまま、何かのボタンを押して、機体がまっさかさまに墜落しはじめたような気がしている。何かがしびれ、何かが狂い、何かが見えなくなっていて、でも、こいつ一人を引きずり出して床に放りだせば、すべては無事にすむことではあるのだが、でも、こいつがおかしくなってるのは、現時点では手のうちようがないことで、できることはただ、こいつをそっとしておいて、一人でゆっくり何かを考えさせて落ちつかせるしかない、死ぬにしても生きるにしても、どのようにするかみたいな根本的なことを選ばせて決める時間を、ゆっくり与えてやるしかないのだが、それをする時間もないという、とても絶望的な感じ。

◇今の日本の状況は、さまざま行きづまっていると思うし、それはこれまた人の話や不都合な現実には目をつぶってコックピットにこもって、ボタンを勝手に押しまくってるような首相以下の指導者層の責任が大きいが、こんな状況が日増しにひどくなると、それに対抗する方も、どんどん物事を迷ったり選んだり遊んだりする余裕がなくなる。
九条の会でも他のいろんな場所でもそうだが、人が皆、複雑な話やあいまいな話を聞かなくなっている、聞きたがらなくなっていると痛感する。広い視野や、遠くまでの展望ではなく、決められたルートで同じ展開で、予測された結論にたどりつく話を皆が求め、それにあてはまらない、あてはまるかどうかわからない話は排除する。そうしないと勝てない。そうしないと進めない。
それぞれが、皆そうやって、コックピットにこもってボタンを押して、まっさかさまに落下しつつあるような、そんな飛行機がいくつも空から地表に向けて、突き刺さるように降って来るような、奇妙に美しい恐ろしい情景を幻のように思い浮かべてしまう。

こんな不健全な精神状態にならないでいるためにも、私は一人になりたい。ただよって、夢見て、ぼんやりしていたい。進むべき方向は、そこからしか見えて来ないという確信が私にはある。だが、そうしようと試みるたびに、何かに引き戻されて、当面の、今の戦いを強いられる。よくわからないが、非常時とか戦場というのは、きっとこういう事態がずうっと続いて行くのだろうな。

◇庭では雪柳が散り始めた。それこそ雪のように、白い花びらが土や石の上に広がっている。桜の次はつつじ、と毎年くりかえされるので、さすがに私も覚えて来たが、もう門柱のそばの源平つつじが、ピンクのつぼみをつけ始めた。
今日乗ったタクシーの運転手さんは、桜はこの雨ではもう散るだろう、でも少し寒かったらつぼみがまだ開くのが遅れてもう少しもつかも、と話していた。とある公園のそばの桜は咲くのも散るのも早くて、もう散りかけていますと言って、「うっかりトイレにも行けない」と言うので、どういう話の展開か一瞬読めずにいたら、「ちょっと車をとめてトイレに行くと、花びらが前のガラスにはりついて、あれはなかなかとれない。会社に帰ったら車をとめてサボっていたと思われてしまう」ということだった。何だか風流な悩みのようでもあった。

◇仕事から帰って、少し時間があったので、急いで母のところに薄手の服を持って行った。迎えに出ていたカツジ猫に「すぐ帰るからね」と言って出たのだが、その後で買い物もして遅くなって戻って来たら、金網の中に姿が見えない。家の中かと思って玄関のドアを開けていると、どこかでかすかに、みゅうと声がする。「いるの?」と聞くと、また小さくみゅうみゅうと言うが、暗くて見えない。いつも言うが、やつの毛皮は灰色で、みごとに闇に溶けこむ保護色だ。
「どこよ?」と言っていると、金網の中からにゅっと前脚が出て来て笑った。もうエアコンもつけないし、かわいそうだから今夜は早く寝てやるとするか。

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カツジ猫