1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. うわーん。

うわーん。

◇紀行の翻刻の校正刷りをチェックしているのだが、長いこと手をつけてなかったので、何が何だかさっぱりわからない。なぜか最終の念校よりも再校の方が文字が直っていたりして、もうパニック。
とうとう今朝、出版社の編集担当に泣きを入れた。有能な編集者とはかくあるものというか、私が忘れているようなこともちゃんと覚えていてくれて、最新の校正刷りも送ることにしてくれた。
もうこんな迷惑は二度とかけられないと思うので、とにかく毎日作業をしよう。前のを忘れないようにするだけでも。
原稿チェックの仕事そのものは楽しいんだけどねー。

◇昨日、ご近所の方にかなり服をもらっていただいて、これも少し気が軽くなる。知っている方にもらっていただくのは、やっぱり気持ちがいい。リフォームもされる方なので、服を活かしていただけるのが、ありがたい。
いよいよ安物の古い服は、この前見つけたリサイクルショップに持って行くのだが、そうやって処分していて気づいたのは、私はすりきれたボロボロの服を着るのがけっこう好きなんだなあということだった。作業着みたいなジャケットとか、どうしても捨てられない。もったいないとかじゃなくて、ファッションとしても、それを着るのが楽しいのだ。困ったものだ。

◇今日は朝から日が照って、そこそこいい天気だ。野菜や果物が、きゅうり一本58円とか法外な値段はまあいいとして、いやよくはないが、それより夜に行くともうそれも売れてしまってない。しょうがないから、今日は朝から買いに行こうかと思っていたのに、もう昼だ。

映画も見に行きたいんだけどな。何しろ最近私のミーハーな娯楽としては、例の海外ドラマの「ナポレオンソロ」の英語字幕の全シリーズを見ることしかなくて、少しは他のものも見ないと情緒的栄養が片よってしまいそうだ。
しかし、これだけ連続して見ていても、それなりに面白いのは、何だかだって良質な作品だったのだなと、あらためて思う。

だいたい、これは前に何度か書いたけど、昨今のこの手の刑事ドラマやスパイドラマとちがって、まあ「刑事コロンボ」や映画では「大脱走」なんかもそうだけど、これだけ登場人物をおもちゃにして骨までしゃぶっておきながら、彼らの個人情報や過去をまったく語らないのはすごくないですかね。ときどき、ちらっと話題にはなるので(ソロのおじさんが大使と提督だったとか)、一応設定はあるのだろうが、ほぼもうまったくそれを見せない。思いつきもしなかったのだろうか。過去にしばられると話を作るのがめんどうだったからなんだろうか。

めちゃくちゃ遊ばれて扱われても、ちゃんと役を崩壊させないでいるイリヤのマッカラムも実力あるんだなと思うが、こんなB級SFも顔負けの奇想天外のバカすぎる設定(若返りの機械とか、顔をぺろっとはいじゃう変装とか。それをそうそうたる役者が、大真面目にやるのも楽しいのではあるが)の中で、時に堕ちた英雄とかシリアスで陰鬱な場面になると、ソロ役のボーンの、本格派俳優としての演技が冴えにさえる。重厚なテーマのせりふが、ちっとも違和感がない。

思えば私は「七人の侍」をリメイクした「荒野の七人」で、ボーンが演じた暗い役が「七人の侍」の味を大きくこわしてると感じて、すごくいやだった。あのリメイクは、いろいろな点でオリジナルをむちゃくちゃに冒涜してて、あー、わかっとらんということばかりだったのだが、あのシリアスなガンマンもその一つだった。だが、それはそれとして、あの役の彼の演技もみごとではあったからなあ。ああいうのがやれる人が、あれだけちゃらけたソロを地でやってるみたいにやれるんだから、すごい。

それと本当に制作された60年代って、アメリカではもうこんなに?と思うぐらい、フェミニズムっぽい話が多い。まあ毎回登場する女性たちの強さもそうだが、この前見た、イリヤが猫を追尾する話、ロンドンの男性だけのクラブに看護婦さんが入ろうとして断られ、涙目で抗議してると思ったら、男装の女性殺し屋がそこに入ってメンバーの男性の一人を撃ち殺したから見ていてのけぞった。あ、別に女人禁制に抗議してとかじゃなく、ちゃんと別の目的でですが(笑)。ひょっとして当時、快哉を叫んだ女性とかいたのか?いなかったのか?(笑)

しかも、ゲスト女優が演じている大政治家の若い妻(というか伴侶)は、「自分を若返らせて、君の檻の中で飼うつもりか」と老いた夫に抗議されると、「女性は皆そうよ。男性に縛られて管理されて一生を送る。父親に、夫に、恋人に」とか「私は政治への道にあこがれたけど、その道は閉ざされていた。私が女性だったからよ」とか、明らかに悪役や道化役ではない、まっとうな説得力ある演技で口にする。もうmaleとかfemaleとかいう文字が、じゃんじゃん字幕に流れるのよね。そしてこの女性は、怪物でも狂人でもなく、人間として立派な最期をとげる。
50年昔にして、この感覚は恐るべきじゃなかろか。

私が007の映画をあまり好きになれなかったのは、女性の描き方なんですが、「ナポレオンソロ」は似てるようで、ものすごく決定的にその点、何かがちがう。
しつこく書くと私は映画の「キング・アーサー」が大嫌いな理由のひとつは、「世間ではいまどきは、こんなのが流行りだから」という感じで、とりあえず強い女で人間関係作ってみましたっていう、その世の中の流れに安易に迎合した無節操さが、画面すべてからすけて見えて、もう許せなかった。そうやって、世間の動きの後追いする精神が私は一番受け入れられない。
その点、あの時代のあの状況の中で、こんなことしてのけている「ナポレオンソロ」は、まあ腐女子の人たちが夢中になるボーイズラブ的要素も含めて、時代に流されない、時代を手玉にとる、すごみと品格があります。あんまりまじめに取り上げられちゃ、ドラマも迷惑するかもしれないけど、そういう点からも、もっと認められ注目されてもいいんじゃないかしらん。

◇きゃーきゃー、もうこんな時間。お風呂に入りに行かないと。

Twitter Facebook
カツジ猫