起こる時にはいろいろもういっぺんに起こる。
◇家の片づけの方針がそろそろ決まって、今日あたりから全開で仕事と思っていた矢先、カツジ猫の体調が悪くなり、食べたものを吐いて水ばかり飲んで、すわいよいよ腎臓がやられたか、たしかこいつは片っぽの腎臓が小さくてうまく機能していないかもしれないという話もあり、それかもっと悪い病気で永の別れか、死後のブログはどうしようとかあれこれ考えながら病院に連れて行きました。
悪い病気というのではなく、朝食べた甘えびがあたったのじゃないかということで、そもそも甲殻類はビタミンBが破壊されるから食べさせない方がいいと言われて、吐き気止めの注射を打ってもらい、二日間は水もエサもちょっぴりしかやってはいけないという診断をされて帰って来ました。
ほっとしたけど、注射が効いたか食欲が出たらしいカツジから、哀れっぽくエサをねだられて参っています。床にころころ転がって見せたりして、私は思わず戦争中に飢え死にさせられた動物園の象が一生懸命芸をしたという、もうその話聞いただけで、戦争なんて起こす気配はダニマットで根こそぎにしないと胸が治まらなくなるぐらい頭に血が上る話を思い出したりして、ついついこちらも夕食を食べる勇気がなく、夜中になってしまいました。
だいたい、うちに迷いこんで来たとき、やせこけてお腹の中に何もなかったぐらいだから、こいつ飢えには強いはずなんだけどなと思ったり、でもその割にふだんはいっこうガツガツしてないどこか品の良さがあるのが育ちがいいのかなと思ったり、どちらにしても明日いっぱいは、かわいそうなことになりそうです。
ただ、こいつはいつも妙にあきらめがいいので、しばらく私にみゃおみゃおすりよっていましたが、今はもう何事もなかったようにワゴンの下の段の定位置で眠っているのが、せめてもの救いというか。
◇しかも、ご近所のおうちの長く入院されていたご主人が昨日お亡くなりになり、お通夜の受付を頼まれました。お元気なときは、いろいろ親切にしていただいたし、奥さまや息子さんにもお世話になっているので、もちろん受付でも何でもしたいのですが、10年ほど前に買った上等の黒いスーツが、いくら最近やせたとは言え、入るかどうか心配で、どきどきしました。幸い何とか着られて、黒のバッグやパールのネックレスもどうにか見つかって、無事にご近所の方と受付をしました。
お通夜と言っても参加者が多く、椅子が足りないほどでした。ここで生まれてずっと地域や家族のためにつくして来られた方なので、思い出のDVDを拝見していても、とてもいい人生を送られたのだなあと感じました。お若い時の写真は奥さまとともに美男美女で、入院しておられた最後のころに、不自由な手で奥さまに書かれた「大大すき」という文字が大変ほほえましかったです。
明日のお葬式には用事があって行けないのが残念です。本当にまたひとつの時代が終わったなあと思います。
◇昨日の、むなかた九条の会主催の、戦争法案について語るつどいは60名ほどの参加で、新しい人たちも来て下さって、議論がはずみました。しかし、細かい点までもっといろいろ語る時間がほしいなあと、あらためて思ったことです。皆さん本当にそれぞれ話すことがたくさんあって、なかなかまとめきれるものではありませんでした。
今回は思いきり参加者の方に話していただこうということだったのですが、いろんな点で課題が残ったと思います。11月29日はもっと工夫しないと。
◇その前日の共産党の真島議員の講演は、誠実でていねいなお話しぶりで、いろいろ面白い話も聞けました。ずるずる延ばしてすみませんが、この報告は明日こそきっと。
◇DVDで「ハンナ・アーレント」が出ていたので、映画館でも見たのですが、もう一度見ています。この映画、超地味なのにヒットしたのが不思議ということですが、あれだよね、今の日本で皆が一番できないこと、つまり自分の意見をはっきり持って身近な人と議論すること、そして、そんな信頼しあえる議論仲間とさえ対立し孤立しても自分の意見を貫くことが、描かれているのが、強烈に身につまされるのではあるまいか。
もっとも彼女の書いたアイヒマンの裁判の記事に対して殺到した怒りの手紙の中で、チェックしていた秘書役の学生が「ひどい」と涙ぐみ、アーレントが読み上げさせる、多分実際に来たんだろう、すごい手紙の一つだけど、「あなたの記事の載った雑誌の部分を破り捨てたが、素手だと汚れるから手袋をはめて破って、燃やすのもいやだからゴミ箱に捨てた。私は憎悪も復讐心もないが、あなたが冒とくした600万人の魂があなたを滅ぼすだろう」とかいう内容ね、アーレントも友人も深刻な顔で聞いてるんだけど、私は妙に笑いたくなって困った。自分がよく許せない汚らわしいと思う手紙をもらったとき、トイレをくみ取りから水洗に代えたのが残念だ、こんな手紙の捨て場所はトイレにしかないのにと思ったついでに、いや私の立派な糞をこんな下劣な手紙で汚してはならないとまでまじめに考えたりしたのを思い出した(笑)。
まさか絶対に、あの場面もその他の場面もユーモラスな要素はないんだろう。絶対にあるはずがない。それでも、彼女が自分の信念にもとづいて最高のものを書いたのに対し、赤の他人も友人知人もあれほど怒るそのことが、私にはどういうか、すごく滑稽に思えた。収容所で死の苦しみを体験したアーレントが、そういう反応に深く傷つくのも不思議な気がしたり、いやそういう人だからこそかもしれないと思ったりした。
◇あーもうそれで、あの映画見たからって、こういう反応はあらゆる意味でまちがっているのだろうが、つい書いてしまうと、例の難民のことを本当に冒とくしたバカなイラストと文章、私はもちろん即ネットから消せという署名に加わったし、それで消えたのを重畳と思っているのだが、何となくその署名にどこか力がいまひとつ入らなかったのは、多分そのイラスト描いたバカな人が自分の意見として書いてる中で、死んだシリアの少年の写真のことを攻撃してるからだっただろう。
いや、その攻撃も認めはしないのだが、ただ、あの写真がネットで世界に流れて、「何という悲劇」と皆が衝撃を受けて難民問題に関心を寄せるのが、何だかとても好きじゃなかった。これは湾岸戦争のときだっけの、油だらけになった海鳥の映像やら、60年安保の反対運動が樺美智子さんの死をきっかけに盛り上がったのやら、全部そうなのだけど、私はああいう映像が大きく取り上げられて話題になるたびに「見なきゃわからんのか、ボケ」と、不愉快になる。「そんなことや、それ以上のことが