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家と庭

かなり以前に、老後を見据えた終活について書き始めたのですが、思いがけなく反響が多く、それも私とはどう考えても似ても似つかない世代や環境の、時には若い方々から「参考になる」的なコメントをいただいて、なぜかよくわかりませんが、ものすごく不快感と危機感を抱きました。

そんなぴんしゃかした若い身空で、死にかけの年寄りの遺言状などのぞいて見ているようじゃ、先が思いやられるし、今からその気になれば十分世界も未来も変えられる力を持った人たちが、何を今から人のお墓を観光して回るようなピント外れなことやってるんだ、第一これからの世の中を作ろうとか壊そうとかしてる人たちが、いつまでこの世の中が変わらないで死ぬまで続く気でいるんだ、ひかえめに言ってばっかじゃなかろか、怠けて逃げるのもいいかげんにせい、とか、年甲斐もない激怒に燃えて、おかげで相当若返りました。

まあ、人にもよるんでしょうけどね。そんなこと言ってきた人の大半は、よかれあしかれ、私の生き方や死に方など参考にしようもないほど、私とちがって、かけはなれた人たちとしか私には思えなかったし、動物園のカピバラや夜の街路のドブネズミから(ドブネズミをバカにしてるのではありません。それなりに尊敬しています)、あなたのファッションが参考になりますと言われたような、驚きと、やめてよーおたがいのためにという悲鳴に近い感想しか持てなかった。

その後テレビのワイドショーで、最近若い人たちの間で、「終活」だのエンディングノートだのがブームになってるとかいう話を聞いて、そういう一連の流れと関係あるのかなと、激怒したことを少し反省したのですが、基本的な不安や不快感はあまり変わりませんでした。

そもそも、くり返しますが、いつ戦争が始まるやら独裁政権が生まれるやら自分自身も大病や事故に遭うやら先が見えないこの時代(まあいつだってそうでしょうが)、世界も社会も周囲も、いつまでもこのまんまという前提で計画立てて見ようとするのが、私には究極のアホとしか思えない。私も周囲の友人知人も、若いころから、かなり最近まで、そんな不確定要素の多すぎる計画や予測なんか立てようとさえ思わなかった。そんなに受け身でいいんですか。たかくくってていいんですか。正気の沙汰とも思えないっす。

どうでも予定を立てたいなら、何がどうなっても、これだけは守り抜くとか、ここだけは変えずにいたいと思うことを、探すなり築くなりする方が先でしょう。それも一気に見つけようとするんじゃなくて、ちびちび、こまめに積み上げるものです。それを見据えて、どんな世の中作るのか、社会や世界や政治について、考えて、参加するのが先でしょう。それならまだしも、失敗したって無駄にはならない気がします。それもしないで、よくも知らない他人の人生や計画をうわっ滑りに斜め読みして利用活用しようと思うなんて、私に言わせりゃ、怠け者の太い発想でしかない。うまく行くとは思えません。

と、一応の前置きをしたところで、老後の終活で、少し残っていた、庭と家についての現在の構想を書くことにします。

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カツジ猫