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「水の王子」の読者

正月早々、ちょっとうれしいことがあった。
 いただいた年賀状の一枚に、「水の王子」の感想をびっしり書いて下さった人がいて、思わず「村に」から「沖と」までの全冊の紙本をレターパックで送りつけてしまった。この作品、ほぼ五十年かけて去年ようやく完成して、うれしさの余り脱力して、まだどなたにも紙本を送ってさしあげていない。送りつけたい予定の人はいろいろいるのだけど、新シリーズ「砂と手」のスタートもあり、もうとにかく、そこまで余力が残ってなかった。

で、賀状をいただいてすぐ本を送ったその日にこれまたすぐ、その人からメールが。いわく、「いただいた賀状に、その内本を送るとありましたが、実はブログで読んでいて、どうしても本もほしくなり、全部注文して持ってますから、送っていただかなくていいです」とのこと。だってもう送っちゃったもん、まるで「賢者の贈り物」(ちがうか)やね、と返事のメールをしながら、幸福で笑えて、しかたがなかった。

ごらんになればわかるように、そこそこ高い本なのですよ。販売数を見ても、買って下さってる方がまったくいないわけではないことはわかってたし感謝もしてたけど、でも実際にはとてもそんな読者がいて下さるなんて、想像もできなかった。

とにかく書き上げただけでも、自費出版できただけでも、満足して幸せで、自分の幸運が信じられなかった。四十年近く中断していて再開した時点では、実は体調も悪くて決して恵まれた状況ではなかったのに、その不幸も不安もまったく文章にも構成にもあらわれず(まあだから結局、不幸でも不安でもなかったのだろうけど私は)、自分でもよくわかるほど、虚無とも暗さとも無縁の、力と明るさと強さがあふれた作品になることが、つくづくありがたかったし、幸福だった。

もう、それだけで満足し、感謝していた。

なのに、この上、その作品を読んで、愛して、買って下さってる人がいることを、現実に見せつけられて、さらに具体的に、もう感謝しかない。

私はもちろん、この作品が好きだし、一人でも多くの人に読んでいただきたいです。でも、すでにこうして読んで下さっている方がいらっしゃると思うと、本当にありがたいし、幸福です。私の血と肉と心から切り出して、作り上げた登場人物の一人ひとりが、他のどなたかの心のなかでも生きて、住まっていることを信じられる喜びとはことばで表現できません。

自分の年令や体調を思うとき、残された時間を考えると、他にも片づけなければならない仕事が多い中で、もうそんなに長い大きな文学作品の創作はさすがに難しいかと思います。
 でも、「水の王子」を書き上げ、皆さまの手に渡すかたちを作れたこと、「砂と手」ももしかしたら、そうなれるかもしれないことを考えると、それだけでも十分にうれしいです。

紙本でも電子書籍でも、「水の王子」や「砂と手」を買って、読んで下さった、すべての皆さんに、この機会にあらためて、深くお礼を申し上げます。ひきつづき、「砂と手」の刊行も見守っていただきたいですし、作品についての疑問やご意見がありましたら、どうぞいつでも、「お手紙」欄からのメールその他で、お伝え下さい。

貧乏性の私は「こいつぁ春から縁起がいいわい」と思わない。むしろ年頭にこんな幸福を味わってしまったら、あとはもう一年の運を使いはたして、ろくなことはないんじゃないかとびびってる。でも、そうはさせないように、気をつけよう。無理しないように…でも、しそうだな(笑)。

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カツジ猫