1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. ミーハー精神
  4. 「水の王子」通信(111)

「水の王子」通信(111)

「水の王子  山が」第五回

【コトシロヌシの独白】(続き)

タカヒコネは山がくずれる前から具合がよくなかったから、ますますやせて、青ざめて、その分鋭い顔だちや、ひきしまった全身に一種のすごみがあった。だが私の父母の家にひきとられて、スクナビコや時々訪れるヌナカワヒメに治療をうけている間に、目ざましく回復して顔色もずいぶんよくなり、次第に歩き回れるようになった。私とニニギがそれを喜ぶと彼は苦々しげに笑って「スクナビコに四六時中そばにいられたのじゃたまらんからな」と言った。「はいつくばってでも逃げ出したくなろうってもんさ」
 彼はいつも、湖の見える広い廊下の寝台に寝ていて、そこからはもと山があったところは見えなかった。それで、私とニニギといっしょに初めて草原に出たとき、他の者とちがって山のないのに慣れてなかったのか、彼はしばらく草原の上に広がる空を見て「何だかのっぺりしちまったな」とつぶやいた。「それに森もなくなったのか」
 「木々はまたすぐ生えて、のびるよ」私は言った。「まあ見てたらいい。数年後には林ができてる」
 「それでも狩りはできんだろう。皆、腕がなまるんじゃないか」
 「平気さ。海で漁ができるもの」ニニギが笑った。「遠くまで舟を出せるし、もりだのやすだけで面白いように魚がとれる。水中の狩りも悪くないぞ」
     ※
 私は思わずほほえんだ。タカヒコネがそれに気づいて「何だ?」という目をしたので、私は「君もその内、来るといい」と誘った。「泳げるんだろ?」
 「スサノオの都ネノクニは海のそばで港もある」タカヒコネは答えた。「小さいときから漁をしてたよ」
 「そりゃすごい」ニニギが喜んだ。「いろいろ案内してやるよ」
 私はまたほほえみそうになった。実はニニギは泳ぐのももぐるのも、そんなに得手ではなかった。タカマガハラで一応の訓練は受けていたようだが、幼いころに入り江でもぐって遊ぶのが日課だった私たちに比べると「虫がもがいてるみたいだな」とサルタヒコがあきれたように、手足の動きがぎこちなかった。
 それでも彼は水底の風景に夢中になったし、下手なりに漁に熱中して、今ではかなり上達している。そして子どもや旅人たちに自信満々泳ぎや潜りについて語ったりするのだった。
 そういうところが彼のいいところでもある。

Twitter Facebook
カツジ猫