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「水の王子」通信(112)

「水の王子  山が」第六回

【コトシロヌシの独白】(続き)

 私たちは、それからしばらく、草むらの中で陽射しを浴びながら、とりとめのない話をした。「山の上にいつもいた鳥たちは、あれは皆どこに行ったんだ?」タカヒコネが気にした。「湖にいるやつらはまたちょっとちがうようだし。もしかして、君について行ってるのか?」
 「うん、たしかに家のまわりにはよく飛んで来てるね」私は言った。「でも、どっちかと言うと、ヌナカワヒメの病院の洞穴の近くに巣を作ってるんじゃないかな。皆が結構食べ物とかもやってるしね」
 「それで君はあれかい?」ニニギがひざにほほづえをついて、私を見た。「山がなつかしくはないのか?」
 「鳥と同じさ」私は言った。「なくなったものはしかたがない。次のすみかをさがすまでだよ」
 「なるほどなあ」二人は変に感心した。
 「今のおまえの家は、やっぱりコノハナサクヤが作ったのか?」タカヒコネが聞いた。
 「うん。なるべく山の上の小屋に似せて作ってくれた。彼女自身がそうしたかったんじゃないかな。タカマガハラの兵士たちが、船の廃材とかくれたから、かなり昔の小屋に似てるよ」
 「へえ、そいつはちょっと行ってみたいな」
 「来てくれよ。父の家からはすぐだし」私は言った。「いろいろ、話したいこともある。村の今後のこととかも」
 「たとえば?」ニニギが首をかしげた。
 「一番気になってるのは」私は言った。「津波のことなんだ。山がこうしてなくなったら、津波があったとき、どこに逃げたらいいんだろうかってね」
 「津波?」ニニギが眉をひそめた。
 「ああ…」タカヒコネも何か思い当たったようだった。「それな」
 「たいがいの大津波でも山に登れば何とかなるとずっと思っていたんだが」私は言った。「こうなるとな」
     ※
 「津波、見たことあるか?」ニニギが聞いた。
 「ない」タカヒコネは首をふった。「だがそれで滅びた町なら見たことがある。村も見たんじゃないかと思うが、よくわからん。小さな村だと根こそぎやられて、ほんとに、あとかたもなくなるからな。泥の海と倒れた木が見えるだけだ。がれきでさえも、海に引きずりこまれて残ってない」
 「君は見たのか?」私はニニギに尋ねた。
 「見たっていうか、空のずっと上から」ニニギは苦しそうに頭をふった。「あれはひどかった。海からどんどん水が押し寄せて、建物も人ものみこんで行く。下りて、何人か助けようにも、どこに下りたらいいのかがわからないぐらい、アリのように草原に散ってゆく人が多くて…あっという間にそれを水の広がりがのみこんで行って…何ひとつする間がなかった」彼はあらためて背後の草原を見た。「そうだな。たしかに山があれば…さすがに頂上までは水も来ないし、村人のほとんどが登ってしまえるだろうから」
 私は手をふった。「しかし今はもうないよ」
 「見りゃわかる」タカヒコネが、きげん悪そうに言った。「言われてみれば、ちょうどいい高さだったんだがな。勾配もゆるやかだったし、子どもでも一人で登れたし」
  「津波なんて前ぶれなしで、ほんとにいきなり来るからなあ」ニニギも不安そうに海を見つめた。「準備なんてしようにも…山の代わりになるものを、皆で作るしかないのかな。高い塀とか…都の城壁みたいなやつ」
 「あれ、ものすごい人数と手間がいるぞ」タカヒコネが言った。「もともとあるのを維持するだけでも、都の皆はへとへとになってた。あれさえなけりゃ、もっと畑も増やして食べものも豊かにとれて、贅沢な暮らしができるんじゃないかと言う者も多かった。この村の、通り過ぎる旅人たちが、そんな大変な仕事をするとしたら、村のしくみから変えてしまわなくちゃ無理だろう」
 「城壁じゃなくても、いっそ高い塔みたいなのを、いくつも建てたらどうだろうな」私は前から思っていたことを口にした。「サクヤに相談すれば、うまいことそういうものを作ってくれそうな気もするんだが」
 「うーん、でも、けっこう立派なそういう塔が、いくつも根こそぎ倒れて水にのまれて行くのも見たからなあ」ニニギが二の足を踏む。「そういう建物がどれだけ津波に耐えられるかどうか、その時になって見るまでわからないんじゃなあ」
     ※
 「こういうのは?」タカヒコネが言い出した。「スサノオがいつか言っていたんだが、思いきり大きな船をいくつも作っておくんだよ。津波が来ても、船なら浮くし、沖に逃げられもするだろう? ふだんの漁にも使えるんだから、サルタヒコたちも不満はないような気がするぞ」
 「それはいいかもしれないが、村人が皆乗れる大きさと数となれば、相当なものだぞ。今の船でも漁はできるんだから、わざわざそんなもの、作りたがるやつがどのくらいいるかな」
 「いっそさあ、これは?」ニニギがひざを乗り出した。「タカマガハラとよく話し合って、あそこの船をいざというときはたくさん下ろしてもらうという約束をしてもらっておくんだ」
 「どうかなあ」私は危ぶんだ。「山があったころ、タカマガハラの船といつも取り引きをしたり交渉したりしていたけれど、あっちだって都合があるし、草原には他の村や都も多いし、そんなにここだけ特別扱いする気は、あの国にはないんじゃないかな」
 「じゃ、もっとつきあいをひんぱんにして、一心同体みたいになって」
 「それもそれで危ないぞ」タカヒコネが言う。「タカマガハラって、どうかすると、自分のところ以外の生き物はゴミみたいに思ってるとこがあるからな。それもちっとも悪気じゃなく。助けてくれはするだろうが、その分いいように使われるかもしれない」
 「でも、ヨモツクニはもうないし、あ、それで思い出した」ニニギは手を打った。「ツクヨミがイザナミと支配していた、地下の国って、今どうなってる? もしかして空っぽなんじゃないの? マガツミたちがいるぐらいで、彼らは自分たちだけじゃ、そんなに悪さはしないだろ?」
 「ああ、そうか、なるほど」タカヒコネが笑い出した。「ニニギ、意外といい案かもな。ヨモツクニの広大な帝国だった地下の迷路がせっかく残ってるんだから、それを避難所として活用しちまえってわけだ」
 「ウサギの巣みたいにな」私もついつられた。「ただどうだろう。水が流れ込んでしまわないんだろうか」
 「ツクヨミに聞いてみたら?」
 「でもあいつ、今ひとつ信用できないもんなあ」
 「それで思い出したけど」私は言ってみた。「あの新しくできた湖の底は?」
 「え?」
 「ハヤオがいつか話してたんだよね。昔、森にいたころに、ヒルコの隠れ家は、大きな池の底にあったって。池の底まで潜って行ったら、そこには水がなくなって、頭上に水の天井があるけど、あたりは乾いて、息もできて、そこにヒルコの小屋があったんだそうだ」
 「もしかしたら、あの湖の底もそうなってるんじゃないかって言うのか?」
 「ひょっとして、広い、乾いた土地があったら、そこに皆で避難できる」
 「たしかに、あの湖の色は何だか謎めいているし、一度底まで調べてみる価値はあるかもしれない」
 私たちはけっこう夢中で話し合い、時間のたつのも忘れていた。陽が陰って寒くなり、父が心配してタカヒコネを探しに来そうな気がしたので、私たちは話を切り上げ、彼を父の家まで送っていった。果たして父は上着を持って門口に立っていて、今にもタカヒコネを迎えに行きそうにしていた。

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カツジ猫