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「水の王子」通信(114)

「水の王子  山が」第八回

【コトシロヌシの独白】

私の小屋は、川のそばにある。
 山の上にあった時と同様、とても小さい。
 タカマガハラの人たちの好意で、彼らの船の廃材を多く使っているのも同じだ。色あせたり傷ついたりしていても、白く塗られた分厚い板はどっしりとたのもしく、陽射しや風をさえぎってくれた。
     ※
 かつてヒルコとハヤオとは、よく山の上の小屋を訪問してくれた。山が崩れたあと、二人はウズメの鏡と対決してそれを割り、いわば勝利をおさめたのだけれど、そのあと、村の皆が片づけや新しい家づくりにあわただしくしている間に、二人で旅に出てしまった。「その内に帰ってくるって言ってたよ」と、ホオリとホデリは言っていたが、タカヒコネに言わせると「あの二人は両親も帰ってくるって言ってたが、結局そのまんまだったじゃないか。まるで信用できん」ということになる。
 そのホオリとホデリは、キノマタがいなくなったせいか、結局仲直りして、岬のはしに大きな灯台を建てる計画に熱中していた。これは、沖に船を出して時には夜中に戻ったりする漁師たちと、そのまとめ役のサルタヒコが、ぜひ作りたいと言い出したもので、サルタヒコといっしょに暮らしているアメノウズメも大いに乗り気で協力していたから、案外早く実現しそうだった。
     ※
 ハヤオとヒルコが来ていたかわりに、今はニニギとタカヒコネが私の小屋に入りびたっている。特にタカヒコネは目に見えてくつろいでいた。もしかしたら本人も気づいていないのかもしれないが、スクナビコがいないというだけではなく、私の父のオオクニヌシが彼の身体を心配して、あれこれといつもかまいすぎるのが負担になっているのかもしれないと私は思ったが、黙っていた。
 父には昔から少々そういうところがある。兄のタケミナカタと私はそのことをよく笑いあった。「本当は父さんは母さんの世話をもっと焼きたいんだろうが、母さんには何だか手が出せないんだよな、シタテルヒメにも」とタケミナカタは評していた。「結局おれたち男の子の方が遠慮なくかまえるんだろ」
 言い得て妙というやつだ。
     ※
 今日もタカヒコネは朝から来て、もう昼近いのに、床の毛皮の敷物の上に座って、壁に頭をもたせかけていた。
 「何だかここにこうしていると」彼は両手をつきあげて、あくびをした。「帰りたくなくなるんだよなあ」
 「私はかまわないよ。ゆっくりしていたら」と言ったあとで気づいた。「そうか。傷の治療があるんだな」
 「おかしなもんでさ」タカヒコネはひとごとのように言った。「山が崩れたころは、おれは半分死にかけてたから、何をされたって大して気にはならなかったんだ。だんだん元気になるにつれて、手当てされるのがいやになってきた」
 「ヌナカワヒメが感心してたよ」私は教えてやった。「どんなときでも君は本当にがまん強いし、声の一つも上げないから驚いてしまうって」
 「あの人はいいんだよ」タカヒコネは吐息をついた。「痛くても何でも、それは手ぎわが悪いだけだ。びびったり恐がったりしてるのもよくわかる」
 私はあきれた。「おいおい、彼女、名医だぞ。押しも押されもしない―」
 「わかってるが、それでも何だかびくびくしてる。こっちにもそれが伝わるのがいいような悪いような。しかしまあ、しかたがないと、あきらめはつく」タカヒコネはいまいましげに舌打ちした。「スクナビコはそうじゃない。絶対に」彼は力をこめた。「ぜったいに、わざとやってる」
 「君をわざと苦しめてる?」
 「それにおれが気づいてるのもわかっててな」
 「そんな人には見えないがなあ」
 「だろうな。そこが問題だ」
 「優しそうだし、父とも実の親子のように親しくしてるし」
     ※
 「そうとも、そこが困るんだ」タカヒコネは目を閉じた。「おれが眠ってると思って、枕元で二人で酒を飲みながら長々と楽しそうに、女にはわからん男どうしの話とやらをしてるのなんざ、聞いてて熱が出そうになるぞ。まあ、前の家とちがって狭いから、二人きりでしゃべる場所が他にないのはわかるんだが」
 私は吹き出した。「何だそれは。母に内緒でか?」
 「言えるわけないだろ。コノハナサクヤは子どもを生んでから腰のあたりが色っぽくなったとか、ヌナカワヒメの二の腕のつやつやしてることと言ったらとか、イワナガヒメのけものみたいな荒っぽさは一戦まじえてみたくなるとか、あ、すまん…」タカヒコネは口ごもった。「おまえのおやじさんってことを、つい忘れてた」
 「いいさ、気にするな」私は彼の背中をたたいた。「息子のおれたちともそんな話をすることはなかったし、父もきっと楽しいんだよ」
 「そのあとスセリが来たら、二人でぴたっと話をやめて、紅葉が今年はきれいだの、水鳥の群れがどうだのって話に切り替えてしまうし。それが何だかまた楽しそうだし」
     ※
 「何となく想像つくな」私は言った。「スサノオと君はそんな話はしなかったのか」
 「スサノオはおれに限らず誰とだってそんな話はしなかったよ。そもそも都じゃ誰もそんな話はしなかった」
 「君はけっこうしてるじゃないか」
 「草原に出てからだよ。そんな話について行けなきゃ、盗みも殺しもやれやしない」
 「せいぜい練習にはげんだわけだね」私は笑った。「二人は君が目をさまして聞いてることに本当に気づいてないのか?」
 「オオクニヌシはな。スクナビコの方はわからんが、多分気づいてないと思う。おれだって狸寝入りを見抜かれるほどヤワじゃねえよ」
 「だろうな」
 「ただそのあとのスセリとの会話まで続けて聞くと、もうあとで背中も肩もがちがちのばりばりになってたりする」
 ちょっとかわいそうになって、私は彼の肩をさすった。「まあゆっくり休んで行くさ」
 「ありがたい。でも帰る」タカヒコネはゆううつそうに立ち上がった。「オオクニヌシがそろそろ心配しはじめてるだろうから」

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カツジ猫