「水の王子」通信(122)
「水の王子 山が」第十六回
【夜の岩山】
「タカヒコネのことだが」岩山の崖の、風よけになるくぼみで、ちろちろと火をたいた上に、射落とした鳥の肉をかざしてあぶりながらツクヨミは聞いた。「王の器じゃなかったのか? なぜ都から逃げ出したんだ?」
「私には彼は王の器だったと思える」オオクニヌシは干魚をかじって考えこんだ。「祭りやいろんな仕事を他の若者たちとやっていた時も、実に無駄なく計画を立てたし、的確に実行した。人の性格や特徴をよくのみこんで、冗談で皆を笑わせながら、誰をもうまく動かしていた。必要以上に口を出したり手を出したりはまるでしないのに、すべてを見ていて要所要所をきちんとしめ、しかも自分がいつでも責任を取ったし矢面にも立った。弱い者や劣った者への気づかいを決して忘れることがなかった。あの能力は嘘でも付け焼き刃でもない。たしかに草原で悪の限りをつくし、人も仲間も殺したろうが、それでも生きのびていられたのも、あの能力があってこそだ」
「スサノオや三人の女を恐れたり、きらったりしている風もないんだな」
「ああ。明らかになつかしがってる」
「かと言って帰りたい風でもない」
「そんな様子も全然ない」
ツクヨミは首をふった。「酒場にはよく来ていたが、どこにでもいる陽気で女好きで酒好きの若い衆にしか見えなかった。タマヨリヒメのおれがべたべたくっつくと平気で喜んでいた。そのくせどこか品がよくて、いやしい感じはしなかったな。おれはアメノワカヒコの方が気になっていたから、タカヒコネのことはあまり注意しなかったんだが」
二人はちょっと黙って、かなたに見えるネノクニの都の黒々とのびる城壁と、ほのかにその上に広がる明るい光をながめた。
「まあ、明日都に行けば、何かがわかるだろう」オオクニヌシが自分に言い聞かせるように言った。