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「水の王子」通信(123)

「水の王子  山が」第十七回

【再び都へ】

 オオクニヌシはネノクニの都の入口に立って、門のようになっている、積み上げた石をながめていた。
 「何見てる?」かたわらからツクヨミが聞く。
 「変わってないもんだなあと思っていたところだ」オオクニヌシは石の一部を指さした。「ここの、くさび形の割れ目な。初めてスセリを見たとき、ここに立っていた彼女の肩の横にあったんだ。背中から木の枝が伸びているみたいだと思ったのを、今でも覚えている」
 ツクヨミは鼻で笑った。「思い出にひたるのもけっこうだが、ふり向くときは用心しろ。それとなく、囲まれてるぞ」
 オオクニヌシは視線も姿勢も動かさないまま、黙って耳をすませた。さっき、この門を入って来たとき、二人の前に広がったのは、一見昔とそれほど変わらない都の風景だった。広い通りを人が行き来し、道の無能には大小さまざまの同じようなかたちの家が並ぶ。どの家の前にもささやかな緑の前庭と間が透けて向こうが見通せる垣根がある。そして、門の左右にのびる大きな石を重ねた城壁の上には、やはり昔と同じように老若男女いろんな人がとりついて、機械や手作業で、せっせと修復や新設にはげんでいた。働く人たちの唇から、単調で明るい歌声が広がっているのも同じだ。
 しかし今、ツクヨミの言うとおりにゆっくりと肩をまわしてふりかえると、働いていた人々の中から歩み出て来たらしい、たくましい男女が数人、工事に使っていたらしい手斧や木づちや太い棒を仕事の続きのようにして手に持ったまま、さりげなく二人を見つめている。「やあ」と一人がおだやかに言った。「どこから来なすった?」
 「草原からです」ツクヨミが落着いて答えた。「手持ちの食料が心細くなったのでね、仕事があればここで数日滞在して、また旅を続けようかと」
 「ごらんの通り、仕事はいくらでもある」男は目で城壁を見やった。「粗末なものだが、食べ物と寝場所も用意しよう。武器は何か持ってるかね?」
 「ええと」ツクヨミは自分の服をさぐりながらオオクニヌシの方を見た。「短刀をひとふりかな。おまえは?」
 「私も、そんなものだな」オオクニヌシはのんびり答えた。「それと、腰刀があった」
 「見せてくれるか。いや、腰刀はそのままでいい」男は回りに目配せし、女二人が進み出てすばやいしぐさで武器を調べた。その目がなごんでオオクニヌシに笑いかける。
 「あなた、この剣、いつ使った?」
 「さて、いつだっけ」オオクニヌシは考えこんだ。「ちゃんと手入れはしてるんだがな。食べる程度の獣を狩るには短刀だけで何とかなるし」
 「腕っぷしも強いってわけ?」
 「そうでもないさ。よくわからん。あまり人とは争ったことがないんで」
 「そのようね」女はツクヨミに目をやった。「そっちのあなたは、料理をするの?」
 「それがまあ、仕事なんだよ」ツクヨミは人なつっこい笑みを浮かべた。
 「いい香料を使ってるみたい。タカマガハラとも取り引きしてるの?」
 「たまたま商人たちからわけてもらってな」ツクヨミは指先の香料のしみをながめた。「いつも手に入るってわけじゃない」
 女たちはうなずいて後ずさり、別の男が「小屋に案内するよ」と言った。「しばらく休んで仕事にかかってくれ。夕飯はその小屋で、皆で食べる」
     ※
 「おいおい」荷物をかついで、のそのそ歩いて行きながら、オオクニヌシがかたわらのツクヨミを、ひじでこづいた。「えらく厳しくなったなあ。前来たときには、こんなことなかったろ?」
 二人の少し前を行く案内役の男は、工事中の仲間や行きちがう人々とあいさつをかわすのに忙しそうだ。周囲の工事の物音や陽気な歌声も入りまじって、二人の話し声はかき消されていた。
 「おまえまったくのんきだな」ツクヨミは肩の荷物をゆすり上げて、さじを投げたような声を出した。「昔だって、きっとこれと同じだったさ。腕のたつ、目のきく者を、門の近くに集めておいて、気になる旅人はそれとなく、しっかり調べてるんだよ」
 「しかし、私たちが前来たときは…」
 「王の娘がいっしょだったろ。スセリがさ。だから誰も木にしなかったんだよ」
 「そっか」オオクニヌシはため息をついた。「考えても見なかった」
 「まあいい。おまえのその、見た目のんきで、アホくさそうな、人を油断させる才能ってやつはまったく頼りになるし、ありがたいよ。何も心配しないですむ」
 「それを言うなら、君もだろうが」
 「おれはこの能力で生きて来たんだ」ツクヨミはうそぶいた。「こんな都の小役人なんぞに警戒心を起こさせるほどヤキが回ってたまるものか」
 「それはいいが、これからどうする?」
 「君はどうするつもりだった?」
 「まあ何日か様子を見て…」と言いかけてオオクニヌシは足をとめた。「なあ、あれは何だ?」
     ※
 そう長く二人は歩いていたわけではない。門からもそれほど離れていなかった。
 そのあたりでの城壁では作業の都合か、人の群れがわりとまばらだった。オオクニヌシが見ているのはその城壁の一部で、そこには奇妙な生き物がはりついていた。
 大きさはふつうの人間よりも少し大きい。ふり乱した髪の後ろ頭はちょっとイワナガヒメに似てないこともないが、どこかいびつで、首のつき方が変だ。手や足の数も数本ずつ多い。しかし、動きは実になめらかで力強く、すばやかった。巨大な石を次々に引き上げ、ずらし、めざした場所にはめこんでは、そのすき間に小さな石をつめて行く。その手の指先も、それぞれヘラ状だったりとがっていたり、道具のように使うのに、いかにも都合よさそうだった。
 「うむ…」ツクヨミも眉をよせて目をこらしている。
 「身体が不完全だったり、手足が欠けていたりする者は都には普通にいたが」オオクニヌシがつぶやいた。「それとはちがうな。あれは何か…」
 「足もとにも小さいのがいるぞ」ツクヨミが教える。
 それはがっしり太い足と手と、箱のように短い胴体と、ひよひよ小さい頭をしていた。そしてやっぱりてきぱきと、人々の間にまじって実に効率よく動いていた。
 顔を見合わせている二人に、前を行く男がふり向いて笑いかけた。「もうすぐそこですよ」
 「ああどうも」ツクヨミが歩き出して追いつきながら声をかけた。「あの人たちの働きぶりが、何だかすごいので見とれてしまって」
 男は城壁の方に目をやった。「ああ、私どもは見なれてしまって驚きませんが、初めての方だとそうでしょうな」彼はこともなげに言った。「あれは皆、マガツミたちです。多いですよ、この都には」

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