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「水の王子」通信(124)

「水の王子  山が」第十八回

【ツクヨミの独白】

男が私たちを連れて行ったのは、小屋というよりかなり大きな建物で、明るく広く、さっぱりとしていて、飾り気のない同じような寝台がずらりと並んでいた。あちこちに食事をする大きな四角い台がおかれて、果物や餅や飲み物が、皿やかごに入れて並べてある。
 味気なさと芸のなさは昔と変わらなかったが、果物の種類は多く、餅も新しそうだし、どことなく都は豊かになっているようでもあった。
 男は私たちを残して出て行き、あたりに人影はなかったが、私たちは目を見交わしただけで話をしないまま、荷物を下ろして寝台に座った。今見たことと聞いたことを口にする前にじっくり考えてみたかったし、誰がどこで何を聞いているかわからないという奇妙な不気味さもあって、これは昔と同じだった。そもそも、あんないろんなかたちのマガツミがいるのなら、それこそ平たい板か細い棒のような、目鼻のついたマガツミだって、そのへんに張りついているかもしれないではないか。
     ※
 いったい、この都に今、さっき見たようなマガツミを改造した生き物は、どのくらいいるのだろう?
 そもそも、材料となるマガツミを、どこで調達しているのか?
 地下の通路と黒い川は、まだつながったままで閉ざされていないのかもしれない。とすると、この都はヨモツクニと合体しつつあるのかもしれない。
 どうせ三人の女が作っているのだろうが、いったいいつから、あんな生き物を作りはじめているのだろう? オオクニヌシに聞いたタカヒコネの話では、まだそんなものはいなかったはずだ。ということは、タカヒコネが都を出たあとで、作られ始めたのだろうか。彼のような人間をまたこしらえようとして失敗した、できそこないの群れなのだろうか。
 それなら、まだいい。もしかしたら三人の女は、城壁作りやその他の仕事に便利なように、いろんな用途に使う生き物をあれこれ作っているのかもしれない。とりわけ、戦う兵士を作って、いくら死んでも補充して使い倒そうとでもしているのなら見逃せない。
 だがそれは、スサノオがこの都を作り、人々とともに支えてきた精神とは、明らかに矛盾している。そう簡単に、その精神をふみにじるようなことをするまでに都が変化するというのも不自然だ。
 タカマガハラはこの現状を、いったいどれだけつかんでいるのだろう。特にかくしている様子もないのだから、知ろうと思えばかんたんなはずだが、知った上で手をつかねて見ているとも思えない。
 ふと横を見ると、いつの間にかオオクニヌシは荷物を枕に寝台にあおむけの大の字になって、目を閉じて気持ちよさそうに寝息をたてていた。
 感心した。よくも眠れるものである。
     ※
 外は明るいままだったが、間もなく静かな雨音がして来た。やがて作業をしていたらしい人々が、ぬれながら帰って来て、建物の中は話し声や笑い声で満たされた。あちこちにおかれた火桶の灰をかきたてて炭火を起こし、手をかざしながら、今日の仕事はもうおしまいかななどと言い合っている。食べ物や飲み物に、てんでに手をのばしながら。
 オオクニヌシもさすがに目をさましたようだ。あくびをしながら両手をつきあげて伸びをし、窓の外を見て「雨か」とつぶやいた。
 あちこちで集まって話したり食べたりしている人たちの中には、明らかにマガツミとおぼしい生き物が、ふつうに入り混じっている。手足の数やついている場所がちがう者、目や耳や口があったりなかったり多すぎたりする者。だが誰も特に気にする様子はなかった。蛙のようなかたちのマガツミが、四つん這いで食台に登って、皿からじかに餅をかじっていても、皆平気なようだった。
 「あれ? スクナビコとオオクニヌシじゃないか?」
 突然声をかけられて、さすがにちょっと肩に力が入った。
     ※
 予想していたことではあった。都の住人はナカツクニの村のようには入れ替わらない。私たち(当時の私はスクナビコに化けていた。というか、名前だけを借りていた)を覚えている者がいても当然おかしくはない。
 後でオオクニヌシに聞いたところでは、彼もそれは予測していて、むしろ見とがめられて、罪人として捕らえられても、スサノオや三人の女に話ができるきっかけになるだろうと期待していたらしい。
 私たちはあの時に牢をこわしてスセリも連れて都を脱走したのだが、スサノオたちの名誉になる話でもないし、どうせうやむやかつ適当に葬られて忘れられたにちがいないと思っていたから、私は捕らえられる心配はしていなかった。誰かに声をかけられたら、いろいろと手がかりを得るいい機会だと思っていたのは、オオクニヌシと同じである。
 問題は、声をかけてきた男の名がとっさに思い出せなかったことだ。しかしオオクニヌシは満面の笑みをたたえて「よう、フナドじゃないか」と、あっさり言った。「奥さん、元気か?」
     ※
 「子どもがもう、このくらいになった」フナドは手を胸の高さぐらいまで上げた。「そっちはどうしてた? スセリヒメやヒルコやハヤオは元気かい?」
 「ああ。ナカツクニって村で、皆そこそこうまくやってる。スクナビコもいっしょさ」
 「今日はもう仕事もないだろうし、この後うちに来ないかね?」フナドは誘った。「何なら泊まって行くといい。ここも悪くはないけどな。寝台が固いから疲れがとれんぞ」

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