「水の王子」通信(126)
「水の王子 山が」第二十回
【若い王の思い出】(つづき)
「しかしさ、私もいろんな国を旅してきたが」ツクヨミが言った。「ヨモツクニのマガツミというのは、今この都で働いたり皆と暮らしたりしているマガツミみたいな、あんな姿じゃありませんよ。第一、さっき外で見たけど、彼らはしゃべれるんですか?」
「あの二人は、あまり上手じゃないですね」妻は言った。「それでも、慣れれば何とか聞きとれますよ。もっと、それは上手に私たち以上に話のできるマガツミもいます」
「彼らのもとの姿というか、かたちというか、それはおれたちも知らないな」フナドが言った。「見たことがある者はないのじゃないかな。だが、おれたちだって女の腹の中にいる時の姿はふつう見ないし、知らんからな」
「むむ、たしかにな」オオクニヌシが感心した。「それは道理だ」
「タキリさまたちが住む建物で彼らは作られ、育てられ、そして皆の前に現れてくる。なるほどね」ツクヨミもうなずく。「でも、タカヒコネのような人間そっくりの者は生まれて来てないんだね?」
フナドたち親子三人は、考えてもいなかったというように、きょとんとして、すぐ三人それぞれに笑い出した。
「それはあなた」妻が言う。「それはあたりまえでしょう」
「はじめから作る気ないんだと思うよ」息子も言った。「あの人と似たマガツミなんて、できるわけないじゃん」
「マガツミというより人間としても、あの人は特別だった」フナドも言った。「おれだって、この坊主には満足してるが、二番目三番目の子がこいつと同じになるとは思えんし、まあなってほしくもない。だいたい、今いるマガツミたちだって、皆それぞれちがってる。二つと同じやつはいない。きっと、そういうもんなんだろ。作ってみなくちゃわからんのだよ。おれらの子どもといっしょでさ」
※
「何だかタキリさまたちに、そのへんの話もちょっと聞いてみたくなったな」オオクニヌシが身をのり出した。「お会いするのは難しかろうか?」
「お忙しい方たちですからねえ」妻は首をかしげた。「ああ、でも前に三人の一人で、入れ替わった人なら一人知ってますよ。ときどき私もお手伝いに行きます。わりと近くの家ですよ。マガツミ二人といっしょに住んでおられます。ちょうど野菜を持って行こうとしてたから、明日にでも行ってみられたら?」
「え、本当に今夜は泊めていただいていいんですか?」
「おいおい、おれをそんなに口だけの人間と思うのか?」フナドは愉快そうに笑った。
「この人ね、お客さんを泊めたくてしかたないんですよ」妻がおかしそうに笑った。「自分が人よりぜいたくしてるのが気がとがめるらしくって、すぐ旅人やマガツミをひっぱって来ちゃ、いっしょにごはんを食べたがるんです」
「だからさ、いつかおれがこんな気づかいをしなくてもすむように、都全体がもっと豊かになるといいんだがなあ」フナドがふうっとため息をついた。