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「水の王子」通信(128)

「水の王子  山が」第二十二回

【マガツミの弁舌】

「当然だ。そのどこがわるいんだね?」一本足のマガツミはいきなり、世にもさわやかな歯切れのいい口調で言い出した。「人間にとって都合のいい生き物? それは人間にとって都合のいい考え方でもあるぞ。私たちはそれぞれに自分に満足しているのだ。この私の寿命は短い。多分数年でおしまいだ。しかしその間に私は数やことばの美しいつながりや輝きを、それこそそんじょそこらの人間よりははるかにたくさん見て楽しんだ。人間の形も生き方も何ひとつうらやましいとは思わない。自分たちに似せた姿や形や能力や魅力を与えて生み出して、自分たちに劣ったできそこないを作られても、我々はちっとも幸せなんかじゃない。ちがうかね?」
 「そうねえ。でもですよ」老女はほほえんだ。「あなたはこれでいいのかしら? このままで幸せなのでしょうか?」
 「知らんさ。おれは他のかたちになったことはないのだもの。それはおまえら人間だって同じだろう。同じことばをそっくり返すぞ」マガツミは明るく鋭く、快さげに次々ことばをくり出した。「おまえは男と寝なかったろ。子どもを生みも育てもしなかったろ。一人でこのまま老いて、死ぬのさ。だからと言って、夫や子どもを持った女に、空しかろう、淋しかろう、おまえの人生意味がなかろうと言われたところで、おまえはちっともこたえまいが。そういうことを言ってくる女のことを、都を支配し力をふるい多くの人の運命を左右して、そして人々を幸福にし都を守った、その喜びや苦しみを知らぬまま死んでいくのが情けないとも哀れとも、別におまえは思うまいが。人にはそれぞれ、あきらめねばならぬ人生があるのだよ。捨てなければならぬ未来がな。見ることのかなわぬ世界がな。我々とても、それは同じ。人間が我らを利用するがために、さまざまな力を与えるのなら、それを使って人間にできぬことを、次々になして、我々に都合のいい世界と未来を作るまでよ」
 「こうやって、いつも私は言い負かされるの」老女はほのかに悲しげに笑った。「そして慰められて、許してしまうのですわ。人間と、自分とを」
     ※
 「君らに子孫は残せるのか?」オオクニヌシが口をはさんだ。「人間の手を借りずに、同類を作って、増やしていけるのか?」
 「今はまだな」マガツミは言い返した。「だが、あっという間におそらくはそれも可能になるはずだ」
 「三人の女とスサノオは、そのへんのことをどう考えていたのだ?」ツクヨミは老女に聞いた。「タカヒコネは、そしてあんたは?」
 「あのころのことも、今のことも私にはあまりよくわかりません。スサノオはもうこの都の中心にはいませんし、彼も知らないでしょうね」老女はしばらく考えていた。「でも昔のことならば、きっと覚えていて、何か話してくれるかもしれませんね。いっそ、あなたがた、彼に直接お聞きになっては、いかがでしょう?」
 「彼って?」オオクニヌシとツクヨミが、顔を見合わせる。
 「スサノオですよ」老女はほほえんだ。「彼は今、ひとりでひっそり暮らしています。訪れる人もいないでしょうから、きっとお会いになれるでしょうよ。足が丈夫なころには、この私もときどき訪れておりましたのですけどね。ここから少し行った通りの建物の中に家があります。お行きになるのでしたら、この子たちがご案内いたしますでしょう。私からと申せば彼は会ってくれましょうし、きっと何でも話してくれますことでしょう」
     ※
 一本足のマガツミが老女にいろいろ言いつかっている間、オオクニヌシとツクヨミは門口に立って待っていた。
 まだ外の陽射しは明るかった。潮の香りがする風が、どこからともなく吹き渡る。城壁の工事中の物音や、笑い声や歌声が、ときどきここまで届いてきた。
 がさごそと音がしたのでふり向くと、あの大きなマガツミが出てきていた。彼か彼女かわからないその生き物は二人に近づいて、家の中をふり帰りながら、うつろな低い声で早口に行った。
 「あいつを信用するな」
 「誰を?」ツクヨミが聞き返す。
 「あのおしゃべり」
 「あのマガツミのことか?」ツクヨミが聞く。「悪いやつかね?」
 「でもない。ただのバカ」
 「は?」二人が同時に聞き返す。
 「今、私たちマガツミには、何も約束されてない。人間たちがその気になれば、いつでも殺され、ほろぼされる。結局は道具で、機械。あのバカが、どんな理屈をつけようと」
 「それは、マガツミ皆の考えか?」ツクヨミがたたみかける。
 「てんでんばらばら。まとまってない」マガツミは答えた。「あの人たちは、それを何とかしようとしてくれていた」
 「あの人って」オオクニヌシが聞く。「タカヒコネか?」
 「そう。彼らは私たちのことを考えていた。何とかしようとしてくれていた。そして消えた。誰かが消した」
 一本足のマガツミが、ぴょんぴょん陽気にとびはねて出てくるのを見ながら、ツクヨミが早口になる。「スサノオが?」
 「ちがう。多分。彼は正直。信用していい。だが、タカヒコネたちは消された。皆いなくなった。わかっているのはそれだけ。誰もくわしいことをしらない」
 大きなマガツミはそのまま背を向け、一本足のマガツミを迎えに行った。何かまくしたてる相手にかまわず、抱き上げて肩にかついだ。それを見ながらツクヨミが唇だけを動かして、「打ち合わせをする時間はなさそうだぞ」と、さりげなく言った。
 「ああ。何を話していても、無駄になりそうだ」オオクニヌシもマガツミたちに気づかれないよう、にこやかに笑いながら小声で返した。「出たとこ勝負で行くしかないな」
 

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