「水の王子」通信(130)
「水の王子 山が」第二十四回
【消える手がかり】
スサノオは小さく何度かうなずいた。そして粗末な木の湯のみに茶を注ぎ、それぞれの前においた。飲んでくれとすすめるように手を動かして、再び椅子に腰を下ろす。
「君は私とこの都に、その原因があると思うのか?」
「それはわかりません。どんなマガツミから彼は生まれたのか、せめてそれを知りたくて来た。彼以後に、こんなさまざまのマガツミが生まれて来ていようとは、ここに来るまで知らなかった」
「君はひとつ誤解している、というか、見逃しているかもしれない」スサノオは湯のみを手の中で回した。「タカヒコネのような子どもが生まれたのは、元となったマガツミというより…まあそれもたしかにあったかもしれんが、あの時にいた三人の女の力だよ。すばらしい三人だった。一人ひとりの能力もだが,どういうか三人の組み合わせが絶妙にうまく行っていた。あの三人がいたからこそ、あんな子どもを作れもしたし、育てあげられもしたと私は思っている」
「その方たちの名は?」オオクニヌシは勢いこんで聞いて、すぐ肩を落とした。「そうか。タキリ、タキツ、サヨリ、なんですね。いつだって」
「そのとおり」スサノオの目に、どこか哀れむような光が宿ったが、それは相手と言うよりは自分自身にも向けられているようだった。「私もそれ以外の名は知らないのだ。しかもその三人がいた間というのは短かった。すぐれた仕事をしつづけていたから、短く思えたのかもしれないがね。もちろん、今は一人も残っていないし、多分もう皆死んでいる。しいて言うなら、その三人がタカヒコネの母だった。赤ん坊のときだったから、タカヒコネも覚えているとは思えないが」
「何ということだ」オオクニヌシは頭をかかえた。「それじゃもう手がかりは何もないのか」
「そうでもあるまい」ツクヨミがゆっくりと茶をすすった。「彼が生まれたときの手がかりは消えても、彼がこの都を去ったときの手がかりなら、スサノオ、あなたにもまだ何か話せることはあるはずだ」
どこかでまた、子どもたちの声がした。けんかでもしているのか騒々しいわめき声だが、スサノオは気にしていないようだった。遠い歌声も、工事の物音も。