1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. ミーハー精神
  4. 「水の王子」通信(132)

「水の王子」通信(132)

「水の王子  山が」第二十六回

【殺された男】

「あのころ都の中では新しい動きがあった」スサノオは二人の前の湯のみに、新しい茶をついだ。「若者たちを中心に、次第に年かさの者たちにも広がって行った。危険なものではなさそうだった。ヨモツクニの影も感じられなかったし…。ただ、城壁のこと、マガツミのこと、三人の女のことなど、さまざまな新しい考え方に、不安を感じる者も多かった。三人の女たちとも私は相談を重ねたが、どうにも結論は出なかった。タカヒコネも若い王として、私たちや若者たちと熱心に話し合いを続けていた。一年近く、そういうことが続いたよ」
 スサノオは腕組みをして、窓の外に目をやった。
 「話せば長い。さまざまな経緯があった。実のところ今でも私に確信はない。しかし、ただどうも、その新しい動きはそのままに認めて放っておくと、都にとって危険すぎるのではないかということになった。しかもすでに、それはかなり大きな動きになっていて、公然と抑えようとしても無理で、かえって都を大混乱におとし入れるにちがいなかった」
 ツクヨミがうなずき、うながした。「それで?」
 「私たちは結局、その新しい動きの中心となっていた人物をひそかに葬り、彼らの組織を完全に滅ぼすことにした。そして、タカヒコネにそれを命じた。彼は最後まで反対していたが、だからこそ、彼にやってもらうしかなかった。彼はその若者たちとも仲がよく、信頼関係もあったからな。彼にもそれはわかっていた。だから私に従った」
 オオクニヌシは飲みかけの湯のみを静かにおいた。
 「と、言うと?」
 「若者たちの中心で、一番皆に人気があって信用されていた男を、まっ先に、ひそかに殺した。寝込みをおそって、闇の中で」
 オオクニヌシはうなずいた。「それで組織は崩壊した」
 「そうだ。彼はその後ひきつづき一気に、三人の女の手も借りて、中心人物を一人残らず葬った。血が凍るほどと言いたいぐらい鮮やかなやり方で、三人の女も私も正直言って舌をまいた。騒ぎは何も起こらずに、都は何ごともなかったように元に戻った」
 スサノオは組んでいた腕をほどき、両手を机の上にのせた。
 「だが、すっかりとすべてが落着いたとき、彼は姿を消した。何ひとつ言いのこさず、都から去った。その後、草原で盗賊になったという噂もあったが、都の者は誰も信じなかった」
 夕暮れがうす青いもやのように、へやの中に漂いはじめている。長い沈黙のあとでオオクニヌシがおだやかにたずねた。
 「彼が最初に殺したという、皆の中心だった若者の名を知っているか?」
 「ああ」スサノオはオオクニヌシを見た。「タケミナカタという男だ。君の息子だということは、ずっと後になって知った」
 オオクニヌシはゆっくりうなずいた。「会ったのか?」
 「何度もな。見てくれもよく人柄もよく、明るくて誰にでも好かれる若者だった。タカヒコネとは親友だった。兄弟のようにいつもいっしょにいた。恋人のようだとからかわれていた」
 「それを最初に殺したのか」ツクヨミがつぶやいた。
 「私も驚いた。だが彼らしいとも思った」スサノオは言った。「くり返すが私は今でも、彼にああ命じたことが正しかったかどうかわからないのだ。彼らのめざしていたように都が変わって、そういう方向に進んでいたら、どうなったか。栄えたのか、滅びたのか、いくら考えてもわからない。私は後悔はしていない。今の暮らしに不満もない。今さらタカヒコネの父になれるなどとも決して思っていない。だが、できれば彼には幸せになってほしい」
 「スサノオ」オオクニヌシはおだやかに言った。「私は彼が息子を殺したことは知っていた。それでも彼を幸せにしたいと願いつづけて来た。できるかどうかはわからぬが、できる限りのことはする」
 スサノオは黙ってオオクニヌシを見つめ返した。
 「彼によろしく伝えてくれ」彼はぽっつり一言だけ言った。そして静かにつけ加えた。「君はああ言ってくれたが、この秘密が広がって、その結果、この都が滅びても私はかまわんよ。そこまではないと思うが、そうなったとしたら、それはそれで、しかたがない」

【作者の説明】

(実はこの挿絵のイラストはずっと昔に書いたもので、他のといささか趣がちがいます。「村に」を書いていた、相当昔からこの場面を考えていた証明?にもと、このまま使わせてもらいました。)

Twitter Facebook
カツジ猫