「水の王子」通信(141)
「水の王子 山が」第三十三回
【家族の事情】
オオクニヌシが目を見はったのも無理はない。緊張し、ほおをかすかに染めたスセリはいつにも増して若々しく、ほとんど少女のように見えたのだから。
「オオクニヌシ」と呼びかけたその声も、はりつめて高く、力強かった。
「どうした?」オオクニヌシは尋ね、後から入って来たタカヒコネに目をやった。「聞いたのか、スセリ?」
「ええ。タケミナカタのことなら」スセリは言った。「彼は話してくれました。でもオオクニヌシ、彼にもそしてあなたにも、おわびしなければならないのは私です。聞けばお怒りになると思うけれど、それもしかたがありません。私は彼がタケミナカタを殺したことを知っていました。スクナビコが教えてくれたの」
「スクナビコが? しかし―」
「ヌナカワヒメが話したの。悩んだあげく、やっぱり治療に必要だからと考えて。わかっています。それを彼は私に話すべきじゃなかったわよね。でもあのスクナビコは、スクナビコではないのよ。本物のスクナビコは草原でタカヒコネに殺されて」
「何だって?」オオクニヌシはタカヒコネを見た。
「そっちの方は言うきっかけがなくて」タカヒコネは両手を広げた。「何者かわからなかったから、誰が何を考えて化けているのかわからないで、せめてそれがわかってからと」
「まあそれはいい」オオクニヌシはうなずいた。「それでわかったのか?」
「いえ、まだ―」
「私が言います」スセリがさえぎった。「山が崩れたとき、がれきの下で彼が教えてくれました。ええ、あなたにも言うべきでした。かくしていたのはまちがいだったわ。でもあなたがタカヒコネが自分で言うまでと思ったのと同じに、私も待ちたかったのです。本人があなたに話す気になるまで」
「彼はいったい誰なんだ? 私の知ってる人なのか?」
スセリは何度かうなずいた。「本当に気づかなかったの? 何も感じなかったの? 言われる前から何となく私はどこかで、彼女に似ているような気がして―あなたの娘よ。シタテルヒメです」
「―誰?」オオクニヌシとタカヒコネが同時に聞き返した。
「シタテルヒメだわ。彼女、スクナビコの弟子になっていて、彼の死後、他の弟子たちと相談して、彼の身体と知識とを引きついだの。それで、この村に来てくれた。私とあなたを守ろうとして」
「嘘だろう」呆然とオオクニヌシが唇を動かした。「あり得ない」
「どうして言ってくれなかったんです?」タカヒコネが激しい口調になっていた。「ひどすぎる!」
スセリはうなずいた。「あなたには本当に申し訳なかったわ」
「私のことじゃありません。私のことなどどうでもいい」タカヒコネは息を切らせていた。「オオクニヌシに言うべきでした。あなたも、彼女も!」
「そう思う。でもどんなに驚くかと思ったし、私が感じたように徐々に何かをわかってもらってからの方がいいんじゃないかと思ったから、とにかく彼とオオクニヌシが親しくなればと私たち考えて」
「オオクニヌシは彼を信じた。心を許して何もかも話していたのに。スセリ、ひどすぎます! わかっていたのに、とめなかったのか? ほのめかすぐらい、できたでしょう!?」
「そうね。私がいけなかった」スセリは認めた。「どこかできっと楽しかったの。オオクニヌシが彼と心を開きあって、これまで誰ともしなかったように、親しくなっていることが。どこか、都で若かったころのツクヨミと笑いあったりしていたときのようで」
「それを娘とあとでしゃべって、それを楽しんでいたんでしょう? 私はあなたが許せない。あんまりです」
「わしらは二人とも、予想しておらなかったのじゃよ」スクナビコのしわがれ声がひびいた。「あれほどにオオクニヌシが疑ってもみなかったことをな」