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「水の王子」通信(145)

「水の王子  山が」第三十八回

【たまにはいいさ】

「君が母に話すのをためらっていたというのは、よくわかるよ」コトシロヌシはなぐさめるようにタカヒコネに言った。「何と言っても母親だし、それに母には父以上に得体のしれないところがあるしな。厳しさも激しさも、けたちがいだもの。とても穏やかで暖かいし、怒ったところなんか見たこともないのに、なぜなんだろうとよく思ったよ」
 「オオクニヌシもだが、スセリはいつもとても私にやさしくて、だから、それだけに、どんな風に変わるのか見当がつかなくて、どうにも恐くてしかたがなかった。もしも全然変わらなくても、タケミナカタのことを言ってしまったら、もう彼女の顔を見られない気がして、歩けなくてもはってでも、村を出てのたれ死にするにちがいないと思ってた」
 「何があったってわけじゃないが、私が山の上に逃げた心境も、それに近かったのかもしれない」
 「とにかく君はお見通しだったな」タカヒコネは苦笑してまた酒をついだ。「スセリはちっとも騒がなかった。と言うか、とっくに知ってた」
 「なるほど恐いな」ニニギが腕を組んだ。「だけど、誰から聞いたんだ?」
 「スクナビコから…というか娘だしな」
 「スクナビコは誰から?」
 「ヌナカワヒメが話したらしい。オオクニヌシに薬を渡したのは彼女だし、おれの治療のために必要な情報だしな。きっとずいぶん彼女も迷ったんだろうが」
 「オオクニヌシには内緒でか」
 「多分」
 「ものすごい一家だな」ニニギが感服した。
 「スセリも私にわびた。かくしていて悪かったと。そしてオオクニヌシにも全部話すと言って、オオクニヌシはそれで大混乱して、その前に私が我を忘れて怒ってしまって、だってひどすぎないか、あんまりだ。それで思わずスセリを責めた」
 「怒りで恐さを忘れたな」コトシロヌシが苦笑する。
 「そうしたらスクナビコだかシタテルヒメだかが現れて、スセリをかばってオオクニヌシを責めて…何かもう、それでぐちゃぐちゃの泥沼で」
 「聞いてるだけで恐ろしい」ニニギがまじめな声で言う。
 「オオクニヌシはしばらく一人でいたいと言って出て行ってしまうし、おれももう、スセリとシタテルヒメだか何だかに向き合ってる気になれなくて、そのまま飛び出して来てしまった」
 「まあ、その内に皆落ち着くよ」コトシロヌシが言った。「サグメがくれた酒もあるし、温めるから二人ともゆっくりして行くさ。何なら泊まって行くといい」
 「オオクニヌシは帰ってくるかな?」
 「あたりまえだろ。たまにはいいよ、そのくらいごたごたするのも」コトシロヌシは平然としていた。

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カツジ猫