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「水の王子」通信(146)

「水の王子  山が」第三十九回

【村と世界の未来】

夜はすっかり更けている。窓の外では青く光る木が風にゆれて、部屋のなかがほのかに明るい。コトシロヌシが立ち上がって灯火の油をかきたてたので、さらにあたりは明るくなった。
 さっきから彼らはことば少なになって、のんびり杯をかたむけながら、それぞれの思いにふけっていたのだが、ちらちらと伸びた炎を見ながら、コトシロヌシがちょっとあらたまった口調で口を開いた。「なあ、タカヒコネ」と彼は聞いた。「君は兄と、どういう話をしていたんだい? その、新しい組織の仲間たちとも」
 タカヒコネは、ちょっととまどったようにコトシロヌシを見つめた。「それ、今?」というようなまなざしでもあって、見ようによっては悲しそうだった。ニニギの方がそれに気づいて、気がかりそうにコトシロヌシを見た。
 珍しくコトシロヌシは、二人の様子に気づいていないようだった。そもそも二人を見ていなかった。自分の思いにとらわれて、どこか夢見るような表情にも見えた。「そして、スサノオと三人の女と君は、彼らを滅ぼさなきゃならないという結論を出すまでに、どんな話し合いをしたんだい? 彼らのどこが都にとっては危険で、このままにはしておけないと、君たちは判断したんだろう?」
 「そう…長い話し合いだったから…一年以上続いたし」
 「覚えてることだけでいいんだよ」コトシロヌシは続けた。「兄やその集団の人たちが話したことって、どういうことが中心だったの?」
 「それはもう、本当にいろいろで…城壁のこととか、三人の女のこととか、マガツミたちのこととか」
 「マガツミってそのころもういたのか?」
 「あまり人前や表には出て来てなかったけど、そこそこいたよ。おれたちの集まりにも、時々出て来て、皆で話もしたりしていた」タカヒコネはちょっと笑った。「それも言ってなかったっけ。おれももともとマガツミで、三人の女が作り出した人間なんだよ」
 コトシロヌシは初めて目を上げ、タカヒコネを見た。「そうか。兄はそのこと知ってたのか?」
 タカヒコネは首をふり、悲しそうなのに幸福そうな、ちょっとあいまいな笑顔になった。「話さなかった。かくしてたというのとはちがう。他のマガツミは、かたちも何も、おれとはちがって、ずっと人間っぽくなかったから、何だか同類って意識がしなかったんだよな。むしろ、おれは、いつかタケミナカタにそのこと教えて、びっくりさせてやろうって、楽しみにしてたとこもあった」
 つられるようにコトシロヌシも笑った。「幸せだったんだな、兄と君は」
 「そうだな」
 やっとコトシロヌシは気づいたようで、「あ、すまん」と謝った。「こんなこと、いろいろ聞いて」
 「いつ気づくのかと思ってたぞ」ニニギがとがめるように言った。「そりゃ君は兄さんのことをいろいろ聞きたいだろうけど」
 「いいんだよ」タカヒコネが言った。「話せるよ」
 コトシロヌシはあらためて二人を見、「ちがうちがう」とあわてたように大きく手を振った。「兄のことをなつかしみたいんじゃない。そういうのとはちがうんだ」
     ※
 コトシロヌシは二人の前に戻って来て、座り直した。「私が考えていたのは、この村のことなんだ。これから、この村をどうするのかってことなんだよ。その手がかりにしたくって、つい君の気持ちをかまわなかった。ごめんな、タカヒコネ」
 「それはいいけど、どういう意味だ?」
 「またいつか、キノマタのような存在があらわれるかもしれないんだ。津波だって来るかもしれない。どんなことだって起こり得る。この村をどうやって守るのか、考えておかなくちゃならない。私はもう、年寄りたちは休ませておいてやりたいんだよ。畑仕事や漁や毎日の生活のことだけ考えて、のんびりさせておきたいのさ。となると、この村をこれからどうするか、考えるのは私たちしかいないだろ。どんなに非力でも、無力でも」
 「君は非力でも無力でもないよ」ニニギが言った。
 「城壁を築くのか、オオクニヌシがやってきたみたいに、ここは道だと言い張りつづけるのか、いろんなやり方があるだろう」コトシロヌシはかまわず続けた。「情報を集めて、考えておきたい。山がもうなくなったから、遠くまでの景色も見えないしな。兄と君がかわした会話、描いた未来の計画、それを細かく聞いておきたい。そのどこが危険と判断されたのか、どこがいけなかったのか、それは運が悪かったのか、何か問題があったのか。ひとつひとつが、きっといろんな参考になる」
     ※
 ニニギがうなずいた。「そういうことなら、都のことも私はずっと気になっている。タカヒメがタカマガハラで聞いたことをいろいろ教えてくれるんだが、あそこはこれからどうなるんだろう? 何だか悪い予感がしないか?」
 「と言うと?」
 「スサノオはもう王じゃないと言っていい。そんな欲望もないらしい。支配してるのは三姉妹だ。それも、ずっと同じ人かどうかもわからない。いつの間にか入れ替わる。いい方にかもしれないが、悪い方に変わることだってあり得る」
 「強大な都だ」コトシロヌシもうなずいた。「ことと次第じゃ、草原を支配して、この村にまで力を及ぼしてくるかもしれない」
 「第二のヨモツクニになるというのか」ニニギが強く眉をひそめる。
 「まだ何ひとつわからないさ」コトシロヌシが言った。「第二のタカマガハラになるのかもしれないぞ」
 「そしてタカマガハラが第二のヨモツクニになるってか?」タカヒコネが皮肉っぽく笑った。
 「まさか!」ニニギは力強く手をふりかけて途中でとめた。「いや…まあそうだな…そういうことだって、あり得るな」
 「考えなくちゃ。あらゆることを。何でも起こり得るんだよ」コトシロヌシは二人を見た。「私はこの村を大きく強くはしたくない。何かと戦ったりもしたくない。でも、だからこそ、考えなくちゃ。何をめざすのか、何を守るのか、そのために何をすればいいのかを」彼は再びタカヒコネを見つめた。「だから、君の話を聞きたい。兄と語った夢と未来を。それをはばんだ現実を」
 タカヒコネも二人を次々にじっと見た。
 「さっきは急いで悪かった」コトシロヌシが言った。「今日でなくてもいいんだよ」
 「いや」タカヒコネは強く首をふり、きっぱり言った。「話すよ。覚えている限り、思い出せることを全部。でも何よりもその前に」彼は目を伏せ、すぐまた上げた。「私のことを話したい」
 「兄を殺したということなら、それはもういい。それとも何かちがうのか? 実は殺してなかったとか、まさか言うんじゃあるまいな」
 「いや、それはない。たしかに彼を殺したし、その仲間も皆殺した。それはその通りでまちがいはない。ただ、誰にも言えなかったことがある」
 ニニギがふしぎそうに首をかしげた。
 「愚か者でいるよりは悪人でいる方がましだと私が思っていたことだ」タカヒコネはかみしめるように力をこめて、明るく言った。「何を話すにしても、そのことをまず、君らに私は告げないといけない。そこからはじめないとならない」

水の王子・「山が」 一応、完 2023.2.10.

 (多分また「余談」が続きます♫)

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