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「水の王子」通信(70)

原稿の段階で読んでいただいた読者のお一人が、「人物の名前が、区別できない。なんでこう、タとかタカとかがつく名前ばっかりなの」と嘆かれたので、あわてて、「人物紹介」を作ってつけたりしたんですが(笑)。

人物紹介、もちろん発売中の電子書籍にはついていますが、ここでも、読めます。これは通信10ですが、11以降も続きますので、末尾のリンクからご覧になって下さいませ。

たしかに、ちょっと思い出すだけでも、タカヒメ、タカヒコ、タケミカヅチ、タケミナカタ、タカヒコネ、タマヨリヒメ、タキツ、タキリ…

でもこれ、私のせいだけじゃないんですよ。もとにした日本神話がこうなんですって。いったい古代の発音では「タ」って言いやすかったとか、何か意味でもあるのかしらん。あーまた誰か研究していないかなと思ってしまう。

私は、名を借りた神さまたちの伝説に、主要な部分ではのっとって物語を作っているので、どことなく神話のエピソードに重なっているところも多いです。オオクニヌシとヤガミヒメの子どもとか、アメノワカヒコとニニギとナカツクニの村とか、キギスの運命とか。

「鎌倉殿の十三人」じゃないですけど、だからある程度もとの話を知ってる読者は「ああ、この人こうなるのかも」と先が予想できてしまうかもしれません。

まあ、主人公クラスのヒルコ、ハヤオ、ツクヨミについては、神話にほとんど登場しないのでそういうこともないでしょうが。
そして、実は続編もどき「回復期」のキーパーソンになりそうと書いたタカヒコネですが、この人もまた、神話を知っていても何者でどうなるか読者は多分予想できない。

だいたい「水の王子・村では」の最初ではタカヒコネが野生的で男っぽくて荒っぽくて、タカマガハラ出身のアメノワカヒコやニニギとは一味ちがう外見とキャラのはずだった。それが特にイラストでは、どんどん優雅に繊細になり、どこのお坊ちゃまかという外見になってきている。

これも実は彼の一面というか本質だと私は開き直っているし、私の好きな俳優のラッセル・クロウウィレム・デフォーは荒っぽくて男っぽくたくましいので知られながら、どうかすると、とんでもなく弱々しいはかなげな雰囲気になったりするから、まあこれもありかなと割り切っている。ただその内にイラストの腕がとんでもなく上達したら、彼の荒々しさと優雅さを同時に見せるような絵も表現できるかもしれないが、まあ当分は無理でしょうな。

それに彼は命に関わる傷だか病だかにとりつかれてもいるようだから、衰弱してやつれているのだという解釈もできないことはないことにしておこう。

そもそも他の準主役級人物とちがって、私は彼の名前をいつどうやって、選んで使い始めたのか記憶にない。この四十年間、私は何度もこの作品を書き始めては中断し、時には完成させてから廃棄した。その中で、スクナビコが美青年になってたり(何十年も前にさしあげた原稿のコピーをまだ持っていて下さった昔の読者が知らせてくれた。私は完全に忘れていた)、いろんな名前とキャラが入り乱れて出入りしている。

タカヒコネという名前も、そのどこかの段階で適当に選んで使いはじめたのだろう。そして、アメノワカヒコとかオオクニヌシとか日本神話での伝承から、わりとイメージが共有されている名ではなく、あまり有名でもない名を選ぼうとした記憶も漠然とはある。

ただ、「村に」を書き上げた段階でふと調べてみたら、ヒルコやハヤオやツクヨミとちがってタカヒコネは神話に記事がないのではなく、そこそこ出るのに混乱し錯綜してイメージが一定しない、そういう意味で正体不明のちょっと困った存在であることがすぐわかった。

彼は何しろ、タケミナカタと同じ人物とされたり、タカヒコの別名とされたり、何だかよくわからないのである。
それに気づいたときは、ちょっとしまったと思った。どうせ「タ」だの「タカ」だのが多い中、こんな複雑奇怪な名を選ばないでも、同じ無名でももっと無難な神はいたろうに、失敗したと少しあわてた。

しかし、その内、この正体不明で何者かよくわからないまま、私の物語にすべりこんで来たのは、逆に何かの意味があったのかもしれないという気もし始め、読者にしてみればヒルコたちとはちがった意味で先の見えないキャラクターでもあるのは、結局いいことのように思えて来た。

そして続編もどきの「回復期」をちょびちょび書いて行く内に、彼のこの正体と謎を解明して行くことこそが、ナカツクニの村や私自身や現代世界を見つめ考え、進むべき道を見出すことにつながるのではないかと今は予想している。

彼について、「回復期」の中で、人々が語ることばを脈絡もなく並べよう。

「お母さま、私はあの人に負けるかもしれない」

「今思えば、スクナビコがあの人に負けたのにも、それなりの理由があったのかも」

「きれいな身体をしている。外側だけの話じゃない。肉や骨が汚れてない。治療しているとわかる。彼のして来たことを考えると、そんなことはあるはずがないのにだ」

「タカヒコネにはどこか何か予測できないものがある。身体のつくりも―心の動きも」

「もしこの村にまたヨモツクニに似たものがよみがえるとしたら、それは彼かもしれませんて。それとも彼がそれを防ぐ上で大きな役割を果たすのか、まだどちらともわかりませんが」

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カツジ猫