1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. ミーハー精神
  4. 「水の王子」通信(75)

「水の王子」通信(75)

日本神話にちょこっと詳しい人ならば、ヌナカワヒメの名には覚えがあるかもしれない。彼女は実はオオクニヌシの浮気相手として知られている。スセリも相当嫉妬している(笑)。

私の物語では、それはほのかにあっさり匂わせるにとどめた。オオクニヌシとは恋に近いが強い友情と信頼で結ばれており、むしろ村の指導者、支配者としてのオオクニヌシの役割をよく理解し評価している一人である。スセリはもちろん嫉妬などかけらもしない。

ナカツクニの村の医療関係は、以前の原稿ではワカヒコたち若い男性が受け持っており、ハヤオとヒルコがその手伝いをしていた。だが、それよりも女性の医師が主になった方がいい気がして、ヌナカワヒメをそれにあてた。神話ではこんな設定はカケラもないのでご了承下さい(笑)。

私はこの物語はわりと流れるように書いて行ったので、別の主張や物語はほとんどまぜこんでいない。唯一、浮いてしまうかなとかすかに危惧しながら合体挿入させたのは、ヌナカワヒメの過去である。仕えていたお妃とその侍女集団の科学的な学術グループが、妃の夫である王の嫉妬や反感を招き、妃も含めて一人残らず粛清処刑された、そのたった一人の生き残りが当時は少女だった彼女であるという設定。

これは実はずっと前から私が妄想し主張してもいる、「理系や科学的精神や能力を持つ女性は、中世の魔女狩りで徹底的に殲滅され、そのDNAも滅ぼされた」という持論で、特に調査や分析なんかしなくても、知られ抜かれている常識の事実を見ただけでも、その図式は思い浮かぶだろうに、誰もそれを指摘もしないで(誰かしているのかしら、私が不勉強なだけで)、女性の体質や脳髄が理系には向いていないの何のと言い合っている社会や世界が、ほんともう怠惰としか思えない。

それをいわば、ヌナカワヒメの過去の話として押し込んだ。そんなに不自然ではなかったし、彼女がそれまで自分の能力や才能を使おうとも見せようともしなかった理由になり、オオクニヌシの偉大さをひそかに示すよすがにもなる。

原稿の段階で読んでいただいた読者のお一人は、この挿話に深く共感し、「そんな女性は今もたくさんいる」と書いてよこした。そういう点でも「村に」の話は現代の社会にもつながっているのだ。

そのかたが、ヌナカワヒメのイラストに「外仕事をしている人らしい太い腕」と賞賛をよせてくれたことも嬉しかった。彼女は中年以上の初老の女性になっていて、すいもあまいもかみわけた、さばさばとした考え方や身の処し方をする。身体もふっくらとして大きい。ただ、作品の挿絵では、彼女もやはりかなり若々しく描かれて、けっこうな美女になっている。

この絵では、そこを少しリアルにして、彼女の円熟したしたたかな老獪さとまでは行かなくても、現実主義の安定感を示そうとした。

オオクニヌシが二人に惹かれているように、私の中にもまた、この物語のスセリとヌナカワヒメがいる。老獪さと純粋さ。現実的な判断と理想の追求。両者の間でゆれながら、両者に支えられながら、私は今後も生きて行く。

Twitter Facebook
カツジ猫